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三島由紀夫『複雑な彼』解説あらすじ

三島由紀夫
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始めに

 三島由紀夫『複雑な彼』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

古典主義(ラディゲ、コクトー)。リアリズム

 三島由紀夫はラディゲ(『ドルジェル伯の舞踏会』肉体の悪魔』)、コクトー(『恐るべき子供たち』)といったフランスの古典主義文学に影響を受けています。私淑した二人にも相通じる、作品全体が合理的に構造としてデザインされた戯曲、家庭小説には佳品が多いですが、純文学作品には駄作も多いです。また純文学でいいのは『仮面の告白』や本作など初期の作品に多いです。

 本作はラディゲ『ドルジェル伯の舞踏会』に似た、宮廷文学になっています。ラディゲはコクトーなどのモダニスト、シュルレアリストと親交があって、前衛的な文学的潮流と接触していたものの、本人はフランスの心理小説(コンスタン『アドルフ』、ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』)やロマン主義文学(ミュッセ)に習いつつ、古典的な小説スタイルでもって小説を展開していきました。『ドルジェル伯の舞踏会』も、クラシックな心理主義文学のラファイエット夫人『クレーヴの奥方』の翻案です。

心理劇のセンス

 三島由紀夫の心理劇はまた、オスカー=ワイルド、スタンダール(『赤と黒』『パルムの僧院』)、谷崎潤一郎の心理劇の影響が顕著です。

 オスカー=ワイルドはシェイクスピアなどのイギリス=ルネサンス演劇にならった古典的なスタイルの喜劇に秀でていて、代表作は4大喜劇(『真面目が肝心』『ウィンダミア卿夫人の扇』『理想の夫』『つまらぬ女』)と呼ばれます。そのジャンルではノッてるときはシェイクスピアと並びます。また、本作にはワイルド『サロメ』的なファム=ファタールのドラマが多くあります。三島の喜劇のウェルメイドなデザインはかなりこのワイルドと重なります。

 スタンダールはシェイクスピアが好きで、そこから『赤と黒』『パルムの僧院』などのメロドラマを展開しました。

 谷崎潤一郎はワイルド、スタンダール、バルザックなどから影響され創作に演劇的な背景をたたえつつメロドラマを展開していきました。しかし、川端もそうですがウェルメイドな戯曲や中間小説では三島には遠く及ばず、演劇の創作からははやくに距離を置いています。

 三島由紀夫はこうした演劇的な背景をもつ作家の創作によく学んで、物語の設定や因果的連なりをデザインする手腕を獲得していきました。

家庭小説、ハリウッド

 家庭小説は、英米の感傷小説などをルーツとするジャンルです。代表作は尾崎紅葉『金色夜叉』、蘆花『不如帰』などで、ダイムノベルの翻案を主たる水源としています。傾向としては、保守的な家庭的道徳をテーマとする通俗メロドラマとしてあります。

 この作品も、古典主義者三島の面目躍如といったところで、上質の家庭小説、喜劇になっています。ダイムノベルの翻案を主たる水源とする家庭小説に、ハリウッドコメディのモードのスタイルを加えたのは獅子文六などのユーモア小説でしたが、そうした文脈の中で、三島もユーモア家庭小説の佳品をここでものしています。

 三島由紀夫は喜劇映画の中でも特にエルンスト=ルビッチ(『天国は待ってくれる』)の作品を好んでいました。ルビッチの洗練されたスタイルを愛したのでした。この作品も同様に、ルビッチのような洗練したスタイルで綴られます。

モデル

 有名ですが、主人公の宮城譲二のモデルは、暴力団員時代に前科がある、日本航空の元男性客室乗務員で作家となった安部譲二(本名は安部直也)です。「安部譲二」というペンネームは、この主人公の名前からとっています。

 安部譲二と三島は親交がありました。安部譲二の武勇伝はホラばかりですが、本作も荒唐無稽な内容で、どうもフィクサー的な「あの方」が安部譲二に惚れ込んでいて、その人物が近ごろの東南アジアの情勢に深く心を痛めて譲二が必要だと説得したことで、恐らくはヒロインとの恋愛を断ち切って政治の世界に向かうラストが描かれます。

 安部譲二自体は元ヤクザの作家にすぎないですが、本作では謎のエージェントのような設定です。

物語世界

あらすじ

 父の仕事の秘書としてアメリカへ同行するようになった森田冴子は、サンフランシスコ行きのNAL機に乗っています。機内には酒のサービスを優雅にこなす精悍な背中のスチュワードがいました。彼は英国流の英語とフランス語も流暢で、気持のいい笑顔の男性です。浅黒い童顔で鼻がこころもち曲がっているものの、冴子に強い印象を残してホノルルで降ります。

 サンフランシスコに着いた冴子は、元スチュワーデスの友人ルリ子に、そのスチュワードのことを話題にします。ルリ子はすぐに誰か分かり、彼が昔、井戸堀の仕事をしていて仇名が「井戸堀君」だったといいます。「いい加減な男よ」と言うルリ子でした。

 ニューヨークで冴子の護衛に付いたハワイ出身の2世の社員からも、ロンドンでバーテン修業をしていたという彼の噂を冴子は聞きます。彼は宮城という名前でした。

 冴子は帰りの飛行機も往路と同じにしたものの、宮城は搭乗しません。しかし冴子に話しかけてきた年配のパーサーから、彼の噂を聞きます。

 宮城は銀行員の息子で横浜生まれですが、19歳の頃に名古屋で沖仲仕の小頭をしていたらしく、少年の頃には、新聞社で英国特派員をしている冴子の伯父須賀に世話になったことがあるという話でした。

 日本に帰った冴子は伯父の須賀のいる新聞社を訪ねます。須賀は昔、宮城の父親から、ロンドンの学校を追い出された息子の身柄をあずかってくれと頼まれ、16歳の譲二を新聞社のカメラマン助手としていました。

 図体の大きい譲二は、当時イギリス王室の戴冠式のため訪英した皇太子明仁親王の写真を外人達の垣から撮影し重宝がられます。ある時、譲二はカメラマンに命じられ産業スパイの仕事をやらされ、それが公になったとき全ての罪をなすりつけられます。裏切られ傷ついた彼はイギリスから失踪したそうです。

 新聞社でNALの社員名簿を調べ、宮城譲二と連絡がとれた須賀は、彼を食事に誘い、冴子も同伴します。宮城は機内にいた冴子を覚えていました。食事中、冴子は宮城にいじわるな質問をするものの、食事の後のナイトクラブで譲二は、冴子に自分が保釈中の身であることを打ち明けます。

 2人が踊っていた時、アンという女が冴子に嫉妬して平手打ちします。冴子は須賀と立ち去ります。アンは、譲二が15歳でロンドンにやって来たときの身許引受人ホーダア女史の娘です。一騒動起し学校の寄宿舎を追い出された譲二は、再びホーダア母子に世話になり、その時にアンと譲二は結ばれました。その後、アンとは喧嘩別れしています。

 譲二は冴子に会って早く謝り、誤解を解きたいと思っているうち、自分が冴子に惹かれていることに気づきます。譲二は昔の恋人のルリ子にも、そのことを打ち明けます。譲二に気があったルリ子は、冴子に秘密をバラされたくなかったらと脅し、以前のように譲二に抱かれます。

 ある日、冴子はエジプト大使館のパーティーで知り合ったマダム=ザルザールを自宅に招きます。14歳でインドからエジプトへ嫁に行き、16歳で未亡人となったマダム=ザルザールの17歳の時の恋の思い出話の中に、結婚寸前までいって別れた同い年の日本人ミヤギ=ジョージが出てきます。冴子は自分が17歳の彼女になって、17歳の譲二に会いたいという夢を思い描きます。

 一方、譲二のアパートには時折、「ふしぎな男」がやって来ます。戦争中に満州で実力者だった人物の腹心だそうです。譲二を見込んで秘密の仕事の勧誘に来ていました。冴子と譲二は初デートでキスをし、たちまち恋仲となります。

 冴子は父の仕事に同行してリオ=デ=ジャネイロに1か月滞在することになります。そのことを告げると駄々をこねる譲二でした。出発の日、冴子がブラジルへサンフランシスコ経由で行く飛行機に、譲二は乗務予定を代わってもらって乗り込んでいました。2人は機上での短い逢瀬を惜しみます。

 コパカバーナ=ホテルに冴子が1人でいるとき、フロントから電話があります。譲二が強引に休暇を取ってリオまでやって来ていました。冴子の護衛のブラジル人を手なずけ、2人はリオでの秘密のデートをします。譲二は昔、ボクシングもやっていて、泳ぎも得意らしいものの、冴子が海で泳ごうと誘っても乗りません。

 譲二は冴子の体を求めるものの、結婚するまでけじめを守りたい冴子は、結婚するまではあなたのお部屋へは行けないわと譲二にすがりつき、明日、父に正式にプロポーズしてほしいと話します。

 あくる日、冴子父娘は譲二の来訪を待っていたものの、ついに彼は来ません。譲二はその日のうちにリオを発っていたのでした。

 日本に帰った譲二のアパートに、また「ふしぎな男」が現れます。そして黒幕の誰かを匂わすような口ぶりで、「あの方」は君に惚れ込んでおられると言い、その人物が近ごろの東南アジアの情勢に深く心を痛め、ぜひ君が必要だと譲二を説得したのでした。保釈中の譲二がNALに就職できたのもあの方の裏の力でした。冴子と別れ、もう命など惜しくない譲二は勧誘に承諾します。

 そこへやつれた冴子がやって来て、「とうとう『あなたのお部屋』へ来たわ」と譲二に決心を見せます。ふしぎな男が譲二に、秘密をお見せしてはどうだ、と促すと、苦しげに後ろを向いた譲二は、ワイシャツを脱ぎ捨てます。その広い背中にあったのは、見事な刺青でした。

 男が譲二の刺青を示して、それでもついて行く気があるか問うと、冴子は「行きます」ときっぱり答えるものの、男は次々と後悔する理由を並べ立て、明日まで考えなさい、と冴子を優しく追い返します。男は、うなだれる譲二に、荷物をまとめて早く「あの方」のところへ行くように促し、譲二も頷きます。

 すると男は譲二の肩をはげますようにたたき、「よし、これで君は、女たちの世界を卒業した。今日から君の前には、冒険と戦いの日々がはじまるんだ」と告げます。

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