始めに
三島由紀夫『三島由紀夫レター教室』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
古典主義(ラディゲ、コクトー)。リアリズム
三島由紀夫はラディゲ(『ドルジェル伯の舞踏会』『肉体の悪魔』)、コクトー(『恐るべき子供たち』)といったフランスの古典主義文学に影響を受けています。私淑した二人にも相通じる、作品全体が合理的に構造としてデザインされた戯曲、家庭小説には佳品が多いですが、純文学作品には駄作も多いです。また純文学でいいのは『仮面の告白』や本作など初期の作品に多いです。
本作はラディゲ『ドルジェル伯の舞踏会』に似た、宮廷文学になっています。ラディゲはコクトーなどのモダニスト、シュルレアリストと親交があって、前衛的な文学的潮流と接触していたものの、本人はフランスの心理小説(コンスタン『アドルフ』、ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』)やロマン主義文学(ミュッセ)に習いつつ、古典的な小説スタイルでもって小説を展開していきました。『ドルジェル伯の舞踏会』も、クラシックな心理主義文学のラファイエット夫人『クレーヴの奥方』の翻案です。
ラクロ『危険な関係』
またフランスの心理小説にはラクロ『危険な関係』など、書簡体小説の伝統の影響もありますが、本作もそのフォーマットです。
ラクロによって書かれた、175通の手紙で構成される書簡体小説が『危険な関係』です。18世紀後半のフランス貴族社会を舞台にします。以下はそのあらすじです。
物語は、メルトゥイユ夫人が、かつての愛人が自分を捨てて若いセシルと結婚しようとしていることを知るところから始まります。彼女は復讐のため、稀代のプレイボーイであるヴァルモン子爵に「セシルを誘惑して、結婚前にその貞操を奪って泥を塗れ」と依頼します。しかし、ヴァルモンはもっと難易度の高い獲物を狙っていました。それは、評判の高い貞淑な美女、トゥールヴェル夫人を落とすことでした。
ヴァルモンは、セシルの純潔を奪いつつ(メルトゥイユ夫人への協力)、同時にトゥールヴェル夫人への猛烈なアタックを開始します。当初、ヴァルモンにとって彼女を落とすことは単なる征服欲を満たすゲームに過ぎませんでした。しかし、冷酷なはずのヴァルモンは、次第にトゥールヴェル夫人の純粋な魂に惹かれ、本気で彼女を愛し始めてしまいます。メルトゥイユ夫人は、ヴァルモンが本気で恋に落ちたことに気づき、激しい嫉妬を覚えます。彼女はヴァルモンを挑発し、「もしトゥールヴェル夫人を捨てるなら、再び私と愛し合おう」と持ちかけます。
自尊心の高いヴァルモンは、自分の征服者としての名声を守るため、あえて残酷な別れの手紙をトゥールヴェル夫人に送り、彼女の心を粉々に砕いてしまいます。絶望したトゥールヴェル夫人は修道院に引きこもり、心身を病んで亡くなります。一方、ヴァルモンが彼女を捨てたにもかかわらず、メルトゥイユ夫人は約束を反故にし、二人の中は険悪になります。最終的に、メルトゥイユ夫人の差し金で、セシルの恋人であったダンスニー男爵とヴァルモンは決闘することになります。ヴァルモンは決闘で致命傷を負い、死の直前、メルトゥイユ夫人の悪行を暴露する手紙を公表します。
このように、書簡が交わされる中でさまざまな戦略と陰謀の渦巻く心理劇が展開され、本作も同様です。
中心的プロット
45歳の未亡人の氷ママ子は英語塾を経営している元美人です。友人に同じ歳の山トビ夫というニヤけた有名デザイナーがいます。氷ママ子の英語塾の元生徒には、空ミツ子という20歳のOLがいます。山トビ夫の店には、芝居の演出の勉強をして劇団にいる23歳の炎タケルが、衣裳のことで出入りして、氷ママ子や空ミツ子とも知り合いとなっています。空ミツ子には、丸トラ一という、テレビを見ながら食べているのが大好きな25歳の肥った従兄がいます。
やがて空ミツ子と炎タケルは恋仲になり、結婚をしようとするものの、密かに炎タケルに恋していた氷ママ子は嫉妬し、他人を装い、空ミツ子に炎タケルの有らぬ噂の密告手紙を出し、2人の仲を引き裂こうとします。
しかしすれ違いの末、山トビ夫と氷ママ子が恋人となり、同じビルの上下でそれぞれの店や塾を開き、結婚する予定となってハッピーエンドとなります。
心理劇のセンス
三島由紀夫の心理劇はまた、オスカー=ワイルド、スタンダール(『赤と黒』『パルムの僧院』)、谷崎潤一郎の心理劇の影響が顕著です。
オスカー=ワイルドはシェイクスピアなどのイギリス=ルネサンス演劇にならった古典的なスタイルの喜劇に秀でていて、代表作は4大喜劇(『真面目が肝心』『ウィンダミア卿夫人の扇』『理想の夫』『つまらぬ女』)と呼ばれます。そのジャンルではノッてるときはシェイクスピアと並びます。また、本作にはワイルド『サロメ』的なファム=ファタールのドラマが多くあります。三島の喜劇のウェルメイドなデザインはかなりこのワイルドと重なります。
スタンダールはシェイクスピアが好きで、そこから『赤と黒』『パルムの僧院』などのメロドラマを展開しました。
谷崎潤一郎はワイルド、スタンダール、バルザックなどから影響され創作に演劇的な背景をたたえつつメロドラマを展開していきました。しかし、川端もそうですがウェルメイドな戯曲や中間小説では三島には遠く及ばず、演劇の創作からははやくに距離を置いています。
三島由紀夫はこうした演劇的な背景をもつ作家の創作によく学んで、物語の設定や因果的連なりをデザインする手腕を獲得していきました。
家庭小説、ハリウッド
家庭小説は、英米の感傷小説などをルーツとするジャンルです。代表作は尾崎紅葉『金色夜叉』、蘆花『不如帰』などで、ダイムノベルの翻案を主たる水源としています。傾向としては、保守的な家庭的道徳をテーマとする通俗メロドラマとしてあります。
この作品も、古典主義者三島の面目躍如といったところで、上質の家庭小説、喜劇になっています。ダイムノベルの翻案を主たる水源とする家庭小説に、ハリウッドコメディのモードのスタイルを加えたのは獅子文六などのユーモア小説でしたが、そうした文脈の中で、三島もユーモア家庭小説の佳品をここでものしています。
三島由紀夫は喜劇映画の中でも特にエルンスト=ルビッチ(『天国は待ってくれる』)の作品を好んでいました。ルビッチの洗練されたスタイルを愛したのでした。この作品も同様に、ルビッチのような洗練したスタイルで綴られるメロドラマになっています。
物語世界
あらすじ
45歳の未亡人の氷ママ子は英語塾を経営している元美人です。友人に同じ歳の山トビ夫というニヤけた有名デザイナーがいます。氷ママ子の英語塾の元生徒には、空ミツ子という20歳のOLがいます。
山トビ夫の店には、芝居の演出の勉強をして劇団にいる23歳の炎タケルが、衣裳のことで出入りして、氷ママ子や空ミツ子とも知り合いとなっています。空ミツ子には、丸トラ一という、テレビを見ながら食べているのが大好きな25歳の肥った従兄がいます。丸トラ一の目下の願いはカラーテレビを買うことです。
山トビ夫は空ミツ子にラブレターを出すもののフラれ、氷ママ子や炎タケルは、それぞれ気のない相手や同性愛者からラブレターを貰ったりしながら、お互い相談し合ったりします。
やがて空ミツ子と炎タケルは恋仲になり、結婚をしようとするものの、密かに炎タケルに恋していた氷ママ子は嫉妬し、他人を装い、空ミツ子に炎タケルの有らぬ噂の密告手紙を出し、2人の仲を引き裂こうとします。
その手紙を書いたのが氷ママ子であることを見破った丸トラ一は、氷ママ子から口止め料としてカラーテレビを買うお金を貰い、それ以来、氷ママ子のスパイとして、従妹の空ミツ子と炎タケルの様子を報告する役目になります。
空ミツ子と炎タケルはタケルの田舎の両親から結婚を反対されていました。氷ママ子は山トビ夫に、さらに2人の仲を裂くように工作を頼むものの、山トビ夫は逆に空ミツ子と炎タケルの結婚を応援し、炎タケルの両親を説得します。山トビ夫は長年友人として付き合ってきた氷ママ子を愛していたことに気づいたからです。怒った氷ママ子は山トビ夫と絶交します。
山トビ夫は、自分に何の嫉妬もせずに慰謝料代りにずっと計画的に小金を溜め込み、自分名義のアパートまで買っていた女房と別れたことなどを、何でも話しやすい丸トラ一に全部話し、女房を失ったことよりも悪友だった氷ママ子を失ったことが堪えていることを告白します。そして、氷ママ子との仲直りを取り持ってほしいと丸トラ一に頼むのでした。
単純な丸トラ一は、そのままを氷ママ子に報告します。山トビ夫と氷ママ子は晴れて恋人となり、同じビルの上下でそれぞれの店や塾を開き、結婚する予定となったのでした。



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