始めに
藤村『家』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
元禄文学の影響
近代になって、明治二十年代ごろ(1887~96)や1900年代前後に、日本の江戸文芸である元禄文学が着目されていきます。
これはナショナリズムの高まりと連動していて、井原西鶴や近松門左衛門のリアリズムが再度着目され、西洋文学とすりあわされるなかで再解釈されていきました。
最初の元禄文学ルネサンスには一葉(『たけくらべ』)と紅葉(『多情多恨』『金色夜叉』)、露伴(『五重塔』)、第二の波では自然主義の作家が元禄文学を参照にして、リアリズムを展開していきました。
藤村もこの元禄文学再評価の流れに影響されて、元禄文学のリアリズムから影響されました。
西鶴や近松の文学などに見える通り、家というものは古くから日本人にとって重要なものでしたが、本作も家のなかでの悲劇を描きます。
ロマン主義
藤村はキャリアの初期はロマン主義的な、理想主義的世界が特徴で、次第に自然主義の方面へと移っていく感じです。
ロマン主義のルーツであるシェイクスピアや、ドイツロマン主義のゲーテ(『ファウスト』『若きウェルテルの悩み』)、理想主義者で写実主義の作家ディケンズ、自然の美を歌うワーズワースの作品などから早くから影響をうけ、そのロマン主義と写実主義を構築しました。
シェイクスピアやゲーテのロマン主義文学では、アンビバレントな欲求に引き裂かれる主人公の苦悩がしばしば描かれますが、本作も同様です。
またルソーの『告白録』からも影響をうけ、その理想主義、自由主義と赤裸々な自意識の告白のモチーフについて影響されました。
ゾラと自然主義
日本の自然主義を代表するのが独歩(「竹の木戸」『武蔵野』)、花袋(『蒲団』『一兵卒の銃殺』)、藤村ですが、自然主義はフランスのゾラ(『居酒屋』『ナナ』)に始まります。
ゾラ(『居酒屋』『ナナ』)はフランスの自然主義を代表する作家です。ゾラが自然主義の理論書たる『実験小説論』で構想したのはベルナールの医学、行動を決定する要素の科学、テーヌの歴史学を参照にしつつ、人間の社会的実践の構造的理解を試み、それを美学的再現のレベルで反映しようとしたものでした。
ダーウィン『進化論』やベルナール『実験医学序説』など、行動を決定する要因についての医学、遺伝学、社会学的知見を背景に、人間の社会的実践の美学的再現を、家族や遺伝的要因に焦点を当てて試みようとするコンセプトから、ルーゴン・マッカール叢書は展開されていきます。
ルーゴン・マッカール叢書は、ルーゴン家とマッカルー家という2つの家族、血族の物語として展開されていき、フランスの厳しい現実の中で、それぞれの血族のキャラクターたちが悲劇的な運命に翻弄されていきます。
またゾラはフランスの暗い現実に焦点を当てることでそれを改善しようとしたのでした。ドレフュス事件における社会派としての活躍に見られるように、人類の未来のために創作や政治活動を通じて現実社会にコミットしました。
藤村の『家』も、ゾラのコンセプトを踏まえつつ、日本の暗い現実であるところの家制度に焦点を当てます。このあたりはルーゴン・マッカール叢書とかなり重なります。ルーゴン・マッカール叢書のように、本作も2つの家である小泉家と橋本家の家族に着目します。
家の悲劇
本作で描かれるのは、木曽の旧家である橋本家と小泉家の対比です。
それぞれの家族で後継である橋本正太と小泉三吉は、旧家の生まれに束縛されて苦悩します。小泉家は藤村の生家である島崎家、橋本家は藤村の姉園が嫁いだ高瀬家をモデルとしています。三吉のモデルが藤村で、旧家の重圧のなかでも次第に成功していく一方、正太は事業に失敗し、破滅していきます。
リアリズム
ゾラ(『居酒屋』『ナナ』)のほか、藤村のリアリズムは様々な作家から影響されました。
トルストイ、自然主義のイプセン(『民衆の敵』『人形の家』)やモーパッサン(『脂肪の塊』『女の一生』)、写実主義のフローベール(『ボヴァリー夫人』『感情教育』)などで、さまざまな作家の影響を先にもあげた元禄文学の伝統と結びつけつつ、藤村は独自のスタイルと世界を展開していきました。
物語世界
あらすじ
木曾には小泉家と橋本家という二つの旧家が存在あります。その家長の小泉実と橋本達夫は、伝統的な旧家の生き方などに縛られて、世間から取り残されています。一方、その後を継ぐ橋本正太と、達夫の義弟の小泉三吉は、旧家の生まれに束縛されて苦悩します。
作品は青年詩人小泉三吉が、姉が嫁いだ起訴福島の橋本家に遊びに行き、夏の日を過ごすことから始まります。三吉の義兄であり橋本家の主人である達夫は若かった時、旧家の重圧感から抜け出そうと故郷を離れたものの、失敗して故郷に戻りました。彼はかつて木曽の第一の人材として注目されたが、今はひとつの市井の凡人です。彼の息子正太は三吉より三歳下です。周りから彼にかける期待は大きかったのでした。早くから旧家の重圧感が若い正太を悩ませます。
三吉もやはり旧家の重圧感が、末っ子の彼の肩をガチャなく押しつぶした。さらに、まだ存在する橋本家に比べて小泉家は完全に有名無実になった。
正太は株で失敗したり、女性関係にも悩まされたりと不幸続きで、やがて名古屋でなくなります。三吉は夫婦関係や兄との関係に悩みつつも作家となり、一家を支えていきます。
参考文献
・瀬沼 茂樹『評伝島崎藤村』
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