始めに
三島由紀夫『恋の都』解説あらすじを書いていきます。
語りの構造、背景知識
古典主義(ラディゲ、コクトー)
三島由紀夫はラディゲ(『ドルジェル伯の舞踏会』『肉体の悪魔』)、コクトー(『恐るべき子供たち』)といったフランスの古典主義文学に影響を受けています。私淑した二人にも相通じる、作品全体が合理的に構造としてデザインされた戯曲、家庭小説には佳品が多いです。
ラディゲはコクトーなどのモダニスト、シュルレアリストと親交があって、前衛的な文学的潮流と接触していたものの、本人はフランスの心理小説(コンスタン『アドルフ』、ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』)やロマン主義文学(ミュッセ)に習いつつ、古典的な小説スタイルでもって小説を展開していきました。『ドルジェル伯の舞踏会』もクラシックな心理小説『クレーヴの奥方』の翻案として、王宮文学としてのメロドラマを展開します。
理想化された対象と現実の不一致
本作は『サド侯爵夫人』などにも見られる、理想化された対象と現実の対象との間でエージェントが思い悩む様が描かれています。
三島という作家は、常に理想と現実の間で悩み続けた作家でした。そもそも三島由紀夫はどちらかといえば、内向的で観念的な世界にこもるタイプの人間でしょうが、そうした傾向は一貫して否定的に描かれていると感じます。
26歳独身の朝日奈まゆみは、6人編成の日本人ジャズバンド「シルバア=ビーチ」の敏腕マネージャーです。まゆみの父は芸能社の社長でしたが、終戦直後に脳溢血で倒れ半身不随となり、一人娘のまゆみが家計を支えていました。アメリカナイズされた環境でも、まゆみの心は国粋思想で、移動の車中で皇居の前を通る時は誰にも気づかれないようにそっと目礼し、ハンドバッグにはいつも一枚の大事な写真が忍ばせてあります。その初恋の相手、丸山五郎という宮原大東亜塾生の青年は、かつての恋人です。まゆみの一家が疎開をする別れ際には、戦争で日本が大勝利する日に結婚しようと誓いましたが、しかし日本は敗け、塾を訪ねたまゆみが見たものは、代々木原頭で切腹した五郎の位牌でした。
物語では、実はこの五郎が海外にわたって生きていて、まゆみと再会するさまが描かれます。恋人の存在を理由に、ひそかに塾長に逃がされ、収容所の生活で国粋思想が薄れた五郎は、米軍中尉ホークスの下でボーイをし、中国共産党革命による上海危機の際に米軍中尉らと共に香港へ逃れていました。五郎はスパイとして中共に侵入しアメリカのために働き、アメリカ人のような気持になっていきましたが、まゆみへの思いは変りなかったのです。もう昔の五郎と違うものの、その目には昔のままの輝きが潜み、気高さはかわりません。
そんな五郎にプロポーズされ、まゆみは戸惑います。五郎との結婚に迷ったまゆみは、バンドマスターの坂口に、五郎の仕事ははぐらかしつつ相談をしますが、坂口は、どっちも同じ五郎なのであって社会の変化を五郎一人の罪に押しつけようとするのは酷だと言い、自分が昔、結婚するはずだった恋人と結婚せずに今の妻との生活を後悔していることを打ち明け、大人になってひねくりかえした考えよりも、少女だったときの最初の判断を選ぶ方が正しいのではないか、というアドバイスをします。
そうしてふたりは結ばれ、過去の理想にずっと籠るのではなく、いまのありのままの五郎の中にもたしかに宿る過去の五郎の魂を、まゆみはそこに見出すのでした。
物語世界
あらすじ
26歳独身の朝日奈まゆみは、6人編成の日本人ジャズバンド「シルバア=ビーチ」の敏腕マネージャーです。まゆみの父は芸能社の社長でしたが、終戦直後に脳溢血で倒れ半身不随となり、一人娘のまゆみが家計を支えていました。
英語が堪能で有能な美しいまゆみには言い寄ってくるアメリカ人も多かったものの、アメリカ人嫌いのまゆみは彼らをいつもかわします。そんなまゆみをメンバー達は「聖処女」と密かに名づけていました。
アメリカナイズされた環境でも、まゆみの心は国粋思想で、移動の車中で皇居の前を通る時は誰にも気づかれないようにそっと目礼し、ハンドバッグにはいつも一枚の大事な写真が忍ばせてあります。それは、口を結び目は烈しい情熱を放っている丸刈りの凛々しい紺絣姿の青年の写真でした。彼は20歳の右翼団体の塾生で、敗戦と共に代々木原頭で切腹死しました。まゆみは毎日、誰もいないところでその初恋の人の写真をそっと取り出していました。
9年前、その丸山五郎という宮原大東亜塾生の青年は、開塾十周年記念会の余興の講釈師と落語家を依頼しに、中野にあった芸能社の朝日奈家を訪ね、その時に19歳の五郎と17歳のまゆみは出会います。まゆみは五郎から九州男児らしい熱血文字で書かれた古風な恋文をもらい、中野駅のベンチや代々木練兵場でデートをします。
五郎は堅苦しい右翼思想や尊敬する師匠や軍人の話ばかりしていたものの、やがて2人は樫の樹かげで接吻をします。そして、まゆみの一家が疎開をする別れ際には、戦争で日本が大勝利する日に結婚しようと誓います。しかし日本は敗け、塾を訪ねたまゆみが見たものは、代々木原頭で切腹した五郎の位牌でした。悲しみから立ち直り、多忙な生活に注がれているまゆみの情熱は、この時の空虚と戦っていました。
10月31日、クラブ歌手で友人の梶マリ子に誘われ、まゆみは帝国ホテルで開かれたハロウィーン仮装舞踏会へ行き、マリ子の連れで人気二枚目俳優の千葉光と知り合います。まゆみは光に求愛され惹かれるものの、マリ子との友情をとります。
その後、「シルバア・ビーチ」は、水道橋の野球場(後楽園球場)で行なわれた大ジャズ・コンサートに参加したものの、主催者である昭和芸能社のイカサマが原因で、工藤のドラムソロ中に暴徒が雪崩れ込みました。工藤の恋人の安子が暴徒を制し、それをきっかけに工藤と安子は結婚します。まゆみは今まで安子に抱いていた印象が変ります。
ある晩、まゆみは築地のナイトクラブ「ジプシイ」で、店の米国人マネージャーから、X通信社のドナルド=ハンティントンという政治記者を紹介されます。ドナルドは香港駐在中に知り合った日本人の近藤ゴロウから、朝比奈まゆみという人に渡すようにと白檀の扇を託され、まゆみを探し当てたのでした。扇の端の木片の裏に「まゆみよ、僕は生きている。丸山五郎」とあるのをまゆみは見つけます。
ドナルドによると、近藤ゴロウは30歳前くらいだが、二十歳のときに死んだのだと謎のようなことを言っていたそうです。英語が堪能なゴロウは半分アメリカ人のようになっていると、ドナルドは話します。扇が「白い檀(まゆみ)」を意味することに気づいたまゆみは感涙し、五郎に会いたかったものの、五郎が別人のようになっていることを考え、昔の幻を大事にして別々の道を行く方がいいかもと思います。
年が明けた1月下旬に突然、五郎がまゆみに会いに東京にやって来ます。高輪の泉岳寺近くの料亭で待っていた29歳の五郎は、日に焼けアメリカ製の派手なネクタイをしていました。20歳の頃の朴訥さはなく、経緯を語ります。五郎は昭和20年の4月に宮原塾長の命を受け、密使として上海へ行って特務機関で働いていたものの、敗戦と同時に連合軍の収容所に入れられたのでした。日本に残った塾長や先輩達は皆、代々木練兵場で切腹しました。五郎は、自分が上海に派遣された理由は敗戦がわかっていた塾長が恋人のいる自分を自決させないよう配慮したのだと解ったと言いました。終戦時のごたごたで五郎も死んだものと処理され、戸籍も死亡扱いとなっていました。
収容所の生活で国粋思想が薄れた五郎は、米軍中尉ホークスの下でボーイをし、中国共産党革命による上海危機の際に米軍中尉らと共に香港へ逃れました。ホークスは五郎を支那語ができる東洋人として、アメリカの某機関のエージェントにしようとしていました。五郎はスパイとして中共に侵入しアメリカのために働き、アメリカ人のような気持になっていきました。しかしまゆみへの思いは変りなかったのです。
自分の9年間を苦笑する五郎に、まゆみは彼の味わった苦労と暗さを慮ります。彼はもう昔の五郎と違うものの、その目には昔のままの輝きが潜み、気高さはかわりません。
五郎は、まゆみにプロポーズをします。五郎は今アメリカ国籍となっていて、近々アメリカで重大なポストと仕事を与えられるため、まゆみを迎えに来たのでした。五郎に抱擁され接吻されたまゆみの気持は揺れるものの、「フランク・近藤」となっている五郎に戸惑い、その場から逃げ出します。
五郎との結婚に迷ったまゆみは、バンドマスターの坂口に、五郎の仕事ははぐらかしつつ相談をします。坂口は、どっちも同じ五郎なのであって社会の変化を五郎一人の罪に押しつけようとするのは酷だと言い、自分が昔、結婚するはずだった恋人と結婚せずに今の妻との生活を後悔していることを打ち明け、大人になってひねくりかえした考えよりも、少女だったときの最初の判断を選ぶ方が正しいのではないか、というアドバイスをします。
「ジプシイ」の事務所にまゆみの返事を待つ五郎の電話が鳴ります。まゆみは五郎のプロポーズの返事に、「イエスですわ」と感情をまじえないはっきりした声で答えたのでした。



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