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三島由紀夫『幸福号出帆』解説あらすじ

三島由紀夫
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始めに

 三島由紀夫『幸福号出帆』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

古典主義(ラディゲ、コクトー)。リアリズム

 三島由紀夫はラディゲ(『ドルジェル伯の舞踏会』肉体の悪魔』)、コクトー(『恐るべき子供たち』)といったフランスの古典主義文学に影響を受けています。私淑した二人にも相通じる、作品全体が合理的に構造としてデザインされた戯曲、家庭小説には佳品が多いですが、純文学作品には駄作も多いです。また純文学でいいのは『仮面の告白』や本作など初期の作品に多いです。

 本作はラディゲ『ドルジェル伯の舞踏会』に似た、宮廷文学になっています。ラディゲはコクトーなどのモダニスト、シュルレアリストと親交があって、前衛的な文学的潮流と接触していたものの、本人はフランスの心理小説(コンスタン『アドルフ』、ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』)やロマン主義文学(ミュッセ)に習いつつ、古典的な小説スタイルでもって小説を展開していきました。『ドルジェル伯の舞踏会』も、クラシックな心理主義文学のラファイエット夫人『クレーヴの奥方』の翻案です。

ビゼー『カルメン』

 全体的に本作はビゼー『カルメン』のパロディです。以下はそのあらすじです。

 舞台は19世紀スペインのセビリア。兵士ドン=ホセは、奔放で妖艶なジプシーの女カルメンに出会い、彼女の自由な魅力に強く惹かれます。カルメンはタバコ工場で起こした喧嘩の罪で捕らえられるものの、ドン=ホセを誘惑して逃亡に成功します。このことで彼は軍規を破り、転落の道を歩み始めます。やがてドン=ホセは密輸団に身を置き、故郷や婚約者ミカエラとの平穏な生活を捨て、カルメンだけに執着するようになります。しかしカルメンは自由こそが愛と考える女性で、次第にドン=ホセへの愛を失い、闘牛士エスカミーリョに心を移します。嫉妬と絶望に支配されたドン=ホセは、闘牛場の前でカルメンに復縁を迫るものの、彼女は最後まで自由を捨てることを拒みます。逆上したドン=ホセは、逃げようとしないカルメンを刺し殺してしまいます。歓声に包まれた闘牛場の外で、彼は自らの罪を告白し、物語は悲劇的に幕を閉じるのでした。

 原作はメリメの『カルメン』ですが、原作ではカルメンは計算高く自己中心的で殺しも厭わない悪女ですが、オペラではむしろ移り気で直情的でありながらも高潔で自由のために生きる側面が強調されています。

 『幸福号出帆』も、このオペラ版の自由主義的テーマを中心にします。

タイトルの意味

 銀座のデパート店員の山路三津子はオペラ歌手を夢みながら、月島の古い借家で母である正代と、兄の敏夫と暮していました。2人は父親の違う兄妹で、三津子の実父は亡くなっており、敏夫の実父はイタリア人のコルレオーニでした。この二人が主人公です。

  しかし終盤に明かされるのですが、実は二人は血は繋がっていなくて、それは勘違いだったのですが、ずっとそれをしらないままです。

 敏夫はコルレオーニの妻の歌子の金を持ち逃げして妹と2人で暮らそうとします。敏夫は歌子から盗んだ500万円から、小さな木造の機帆船を船長と機関手ごと買い取り、彼らと東京湾内でカタギの荷役の仕事を始め、船の名前を「幸福号」で登記します。しかしこの幸福号で密輸の仕事をするようになり、結局は警察がこれをかぎつけ、一網打尽にされるという情報が伝わり、姉妹は海外へと出帆します。これがタイトルの意味です。

 カルメンさながらに自由を求めて、二人の幸福号は海外へ飛び出します。

語りの構造

 前半部分はグランド・ホテル形式です。これはホテルのような一つの大きな場所に様々な人間模様をもった人たちが集まって物語が展開するスタイルです。グランド・ホテル形式の名前の由来は文字通り、グールディング監督『グランド・ホテル』(1932)ですが、日本に固有の用語です。

『幸福号出帆』のこのような語りは、『鏡子の家』へと継承されていき、そちらもグランドホテル形式の群像劇です。

物語世界

あらすじ

 銀座のデパート店員の山路三津子はオペラ歌手を夢みながら、月島の古い借家で母である正代と、兄の敏夫と暮していました。一家は家主に立ち退きを迫られています。

 敏夫は正業に就かず、家にもあまり帰らないものの、三津子には贅沢な洋食を御馳走したり服を買ってやりました。女に貢がれているんだと敏夫は説明していたものの、三津子は兄が勝鬨橋付近で何か秘密の受け渡しをしているのに気づいていました。2人は父親の違う兄妹で、三津子の実父は亡くなっており、敏夫の実父はイタリア人でした。

 梅雨入り間近のある日、母の正代は朝刊の「ソプラノ歌手 コルレオーニ=歌子さん イタリア人亡夫の3,000万円の遺産を承く」という記事を見て喜びます。

 正代は息子と娘を連れ、渋谷神山町の歌子の家を訪ねます。歌子の夫のイタリア人オペラ歌手コルレオーニは、敏夫の実父でした。歌子と正代は昔の恋の宿敵で、オペラ歌手仲間でもあります。

 マスコミのフラッシュがたかれる中、歌子は話題作りの宣伝のため瞼の母を演じ、敏夫を自分の子だと記者会見します。歌子邸にはコルレオーニが本国へ帰った後、彼の門下生の歌手4人とその家族の計10人が間借りしていました。山路一家も歌子邸に間借りすることとなり、その代りに老嬢のアルト歌手の高橋ゆめ子が邸を追い出されます。

 歌子の歌劇団は三津子を加えて「帝国オペラ協会」と名付けられます。悪知恵の働く敏夫は、遺産相続の納税額を自分が半額にしてもらったと歌子に嘘をつき、歌劇団の会計係を任されます。その一件の際、口裏を合わせた敏夫の元同級生の税理士の松本は、敏夫と歌子からお礼として二子玉川の鮎料理屋に招かれ、友人の富田を誘います。税関吏の富田は三津子に一目ぼれをします。一方、歌子邸の間借人のテノール歌手の萩原も三津子を好きになっています。しかし萩原は歌子の愛人でした。

 敏夫の年上の情婦で、銀座のレストラン「イタリア亭」のマダムの房子は、実は密輸組織の東京港支部のボスでした。敏夫はそのことは知らずに下っ端の小包買人19号をやっていたものの、歌子邸に居候してからは足を洗います。

 房子の密輸組織の黒幕は元GHQ関係者のアメリカ人のハワードという男で、今は香港にいます。房子は未亡人で元男爵夫人ですが敗戦後の財産税に苦しめられ、ハワードの愛人となりました。「イタリア亭」の特別室にはハワードの腹心の三国人の張や取引商人が出入りします。イタリア亭にいつの間にか、高橋ゆめ子が就職し、クローク係から会計係になっていました。ゆめ子はその実直な働きぶりを買われ、密輸の腹心となります。

 帝国オペラ協会が11月15日に『椿姫』を公演することとなります。敏夫の企みで、主役ヴィオレッタは歌子から三津子に決定します。三津子はデパートを退職し本格的デビューをすることになります。

 しかし前日の舞台稽古の際に、楽屋で三津子と萩原が接吻しているのをゆめ子の導きで知った歌子が怒り、三津子は役から外されます。三津子は芸術家たちの内情に失望し、敏夫と家出して清洲橋のたもとにあるアパートで暮らします。敏夫は前々から、歌子の金を持ち逃げして妹と2人で暮らそうとしていました。敏夫は歌子から盗んだ500万円から、小さな木造の機帆船を船長と機関手ごと買い取り、彼らと東京湾内でカタギの荷役の仕事を始め、船の名前を「幸福号」で登記します。

 敏夫と会えなくなった房子が、敏夫の子分の「18号」と会い、敏夫の居所をつきとめます。房子はゆめ子の入れ知恵で、自分たちの身元を明かし、兄妹一緒に密輸組織の仲間に引き入れることにします。三津子はアパートでの単調な暮らしに飽き、スリルを求めていたので、兄妹は密輸仲間に加わり、ハワード名義の牛込の房子邸に同居します。敏夫は荷役の仕事でカモフラージュにしながら、高級腕時計やサントニンなどの密輸品の運搬をします。

 新年となり、税関の検査が厳しくなり、香港から乗船監吏を至急仲間に引き入れろという電文が来ます。三津子は富田を思い出し、彼を誘惑することにします。

 一方、歌子の老いた『椿姫』の失敗で傾いた歌劇団の男性歌手らは、再び三津子を担ぎ敏夫の盗んだ金で公演の機会を得ようと考え、三津子を探していました。三津子は富田と喜多能楽堂でデート中、「僕と結婚して下さい」とふるえる字で書かれた名刺を富田から渡されます。富田は松本から歌子邸の住所を聞き出していました。困った三津子は出くわした萩原をダシに使い、アバズレ女を演じます。しかし富田はライバルの萩原を突き飛ばし、三津子をタクシーでさらいます。

 連れ込みホテルで富田を誘惑しようとした三津子ですが、アバズレ演技をしていることを彼に見抜かれます。三津子は自分は密輸団の悪い女だと言ってしまい、付き合っている本当の目的も喋ってしまいます。激昂した富田の野獣のような抱擁に、三津子は彼を愛しそうになったものの、富田は理性を取戻します。富田は、三津子が自分を愛するようになるまで我慢し、密輸団の一味になることを誓います。

 税関吏を仲間に引き入れたことで、ハワードはウイスキー何ダースもの重い荷まで密輸するようになります。敏夫と房子も気が大きくなり、ポーカー賭博に手を出し1,000万以上失います。

 1,000万の穴埋めのため、張と房子たちは危ない橋をわたることにします。貿易会社の看板を出している張は、精糖会社の下請けの商事会社と結託し、原糖輸入時にかけられた税金が戻される海外輸出用精糖を国内で流し、莫大な税金のサヤをせしめる計画を立てます。横浜の倉庫にある精糖5,000袋を横浜港の貨物船に運ぶふりをし、東京港から隅田川へ運ぶという作戦でした。

 仕事は3隊に別れ、敏夫の「幸福号」は第1隊となります。トラック30台の手配は、三津子が何も知らない歌劇団の男性歌手たちにやらせます。決行前のある春の日、三津子と富田、敏夫とゆめ子の2カップルは箱根の芦ノ湖へ花見旅行に行きます。ゆめ子を加えたのは、恋人役のゆめ子を富田につきまとわせ、妹の貞操を守ろうという敏夫の意図作戦でした。三津子は旅行中、富田にこれまでのいろいろなことを謝ります。

 輸出用精糖横流し決行日の4月15日の夜が来ます。その日「イタリア亭」で待つ房子と三津子とゆめ子は店に萩原たちを呼び、『カルメン』のオペラをやって遊ぶことにします。

 そのころ張と敏夫と船長らは中華街で腹ごしらえし、仕事にとりかかります。万が一の時の逃亡に備え、敏夫らは張の忠言で有り金を全部腹巻に縫いつけています。「幸福号」は無事仕事を終え、佃の渡しそばの湊町の船だまりにいます。

 そこへ富田がやってきます。警察がこの仕事をかぎつけ、一網打尽にされるという情報でした。「イタリア亭」にも捜査の目がいきます。張と敏夫から連絡を受け、「イタリア亭」の房子とゆめ子は一旦ハワード邸へ逃げ、三津子は敏夫の元へ逃げます。

 密輸で貯めた金を餞別にくれた富田に、三津子は母の正代への別れの手紙を託して、敏夫と国外逃避行に出帆します。カルメンの扮装のままの三津子は富田へ赤いバラを投げます。ケビンの中で2人だけで寄り添う三津子と敏夫は幸福でした。

 歌子と正代は別れの手紙を読んだ後、敏夫と三津子のことを語り合います。実は敏夫は正代の子ではなく歌子の産んだ子で、敏夫と三津子には血の繋がりがないのでした。

  歌子が、「永久に清らかな愛のままで、…でもそれが不幸でしょうか」と問うと、正代は、「さあ、不幸か幸福かそれはわかりません。もし2人が、お互いに男と女として愛し合ってよいことに気がついたら、それで幸福になったとも限りませんもの。兄妹愛、美しい清らかな愛、永久に終りのない愛」と答えます。歌子も、「永久に終らない音楽……永久に終らないオペラ」と呟き、母たちは兄妹が出帆した海を見に行ったのでした。

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