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三島由紀夫『沈める滝』解説あらすじ

三島由紀夫
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始めに

 三島由紀夫『沈める滝』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

古典主義(ラディゲ、コクトー)。リアリズム

 三島由紀夫はラディゲ(『ドルジェル伯の舞踏会』肉体の悪魔』)、コクトー(『恐るべき子供たち』)といったフランスの古典主義文学に影響を受けています。私淑した二人にも相通じる、作品全体が合理的に構造としてデザインされた戯曲、家庭小説には佳品が多いですが、純文学作品には駄作も多いです。また純文学でいいのは『仮面の告白』や本作など初期の作品に多いです。

 本作はラディゲ『ドルジェル伯の舞踏会』に似た、宮廷文学になっています。ラディゲはコクトーなどのモダニスト、シュルレアリストと親交があって、前衛的な文学的潮流と接触していたものの、本人はフランスの心理小説(コンスタン『アドルフ』、ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』)やロマン主義文学(ミュッセ)に習いつつ、古典的な小説スタイルでもって小説を展開していきました。『ドルジェル伯の舞踏会』も、クラシックな心理主義文学のラファイエット夫人『クレーヴの奥方』の翻案です。

 ドルジェル伯の舞踏会』クレーヴの奥方』とも近いですが、本作は特にコンスタン『アドルフ』と近い心理劇です。

コンスタンの『アドルフ』

 コンスタン『アドルフ』のあらすじは以下です。

 若く内省的で野心をもつ青年アドルフは、社交界で影響力をもつ年上の女性エレノールと出会います。彼女は将軍の愛人という立場にあり、社会的にも微妙な位置にいます。当初アドルフは、退屈と虚栄心、そして征服したいという欲望のために彼女に接近し、巧みな言辞で恋愛関係を成立させます。しかしエレノールがすべてを捨てて彼に献身すると、アドルフの情熱は急速に冷めていきます。彼は彼女を愛していないことに気づきながらも、彼女を傷つける決断も、関係を断ち切る勇気も持てません。

 一方エレノールは、社会的地位、評判、生活の基盤を失いながらも、アドルフへの愛にすがります。アドルフは自由を求めつつ、同時に相手を不幸にする責任から逃れられず、優柔不断と自己嫌悪に苦しみます。彼の曖昧な態度はエレノールを精神的に追い詰め、やがて彼女は病に倒れ、孤独のうちに死にます。エレノールの死後、アドルフは深い後悔と空虚感に囚われ、人生における決定的な意味や幸福を見出せないまま生き続ける姿をもって閉じられます。

 本作も、おおむねこれと共通のプロットを持っています。恋愛のロマンティックな理想化と現実の幻滅が描かれるプロットです。

理想と現実

 土木技師の城所昇は祖父の九造が会長をしていた電力会社でダム設計をしています。昇の両親は早世し、祖父に育てられ、与えられた玩具は発電機の模型や石と鉄ばかりでした。昇は数学が得意ですが情操や感動に欠け、塗り絵は馬も兎もみな灰色に塗るのでした。成長した昇は立っているだけで女に感動を与える美男子となり、色事は数知れません。しかし昇は同じ女と再び床を共にすることはなく、特定の女を愛することはありませんでした。朝が来ると昇は、熱い足の女たちの具体性から早く逃げ出したいのでした。ある晩夏の朝、昇は多摩川のほとりで和服の美しい女に会います。その菊池顕子は人妻で、不感症です。昇との一夜で顕子は演技もせずに石像のように横たわっていました。誰も愛さなかった昇は、顕子に自分と似た親しみを感じます。

 互いに惹かれあう二人ですが、宿舎の越冬準備が済み、最後に医薬品を届け終りK町へ帰ろうとした事務の瀬山がランドローヴァーのエンジンが故障する災難に見舞われ、昇ら技師たちと冬ごもりをすることになります。その間も文通する二人ですが冬ごもりが終了し、越冬者たちは2週間の休暇が与えられます。上野駅で出迎えた顕子と昇は、山の手の宿へ泊まります。顕子の不感症は治っていました。他の男が治したのかと昇は疑いますが、幸福そうな顕子は昇の勘違いを笑い、夫と離婚すると話します。再会した顕子は今まで会った女の誰よりも凡庸な女になりました。そっけない魅力だった顕子は不感症が治っても、もう一段独創的な女になると予想していた昇は醒めていきます。

 その後二人はすれ違い、「あの人は感動しないから、好きなんだ」という昇の言葉を顕子は間接的に伝えられて傷つき、ダムに投身自殺します。その空虚と罪悪感から、昇はずっと逃れられないのでした。

理想化された対象と現実の不一致

 本作は『サド侯爵夫人』などにも見られる、理想化された対象と現実の対象との間でエージェントが思い悩む様が描かれています。

 昇が顕子を愛したのは、顕子が不感症で冷めた態度でいたからでした。それが治ると、ロマンティックな神秘はそこから消え失せ、顕子は凡庸な対象になってしまいます。昇は理想化された顕子を愛していたものの、現実の顕子はもっと凡庸でした。

 そこからの幻滅とすれ違いがもたらした悲劇は、終生昇を苛むことになります。

物語世界

あらすじ

 土木技師の城所昇は祖父の九造が会長をしていた電力会社でダム設計をしています。昇の両親は早世し、祖父に育てられ、与えられた玩具は発電機の模型や石と鉄ばかりでした。昇は数学が得意ですが情操や感動に欠け、塗り絵は馬も兎もみな灰色に塗るのでした。成長した昇は立っているだけで女に感動を与える美男子となり、色事は数知れません。しかし昇は同じ女と再び床を共にすることはなく、特定の女を愛することはありませんでした。朝が来ると昇は、熱い足の女たちの具体性から早く逃げ出したいのでした。

 ある晩夏の朝、昇は多摩川のほとりで和服の美しい女に会います。その菊池顕子は人妻で、不感症です。昇との一夜で顕子は演技もせずに石像のように横たわっていました。誰も愛さなかった昇は、顕子に自分と似た親しみを感じます。

 今まで本社勤務で優遇されていた昇は、3年計画のダム建設現場への赴任を志願します。昇は顕子と会わずに手紙だけで人工恋愛を作り上げようとします。10月下旬、新潟県K町(小出町)に降りた昇を、K町の事務所に赴任していた総務課の瀬山が出迎えます。瀬山は城所九造家の書生をしていた7歳上の男で昇の幼い頃の知り合いです。

 昇は、奥野川ダムサイト現場の技師長に半年間の冬ごもりを申し出ます。町への道路がまだ整備されていないため、初年の気象観測や積雪調査は健康な技師10名が山ごもりをするのでした。

 冬になる前、現場宿舎に顕子からの恋文が届あります。手紙は嘘をついてもよいという規則ですが、昇はあえて素直でありのままの素朴な返事を書きます。技師たちと友だちとなり、都会にいた時の自分とは別人のような暮らしぶりや、川の上流で顕子に似た小滝を見つけたことを綴ります。2度目に来た顕子の恋文に昇は感動します。越冬態勢になると手紙のやりとりはできないため、昇は嘘のつもりで最後の手紙に「愛している」と書きます。

 宿舎の越冬準備が済み、最後に医薬品を届け終りK町へ帰ろうとした事務の瀬山は、ランドローヴァーのエンジンが故障する災難に見舞われ、技師たちと冬ごもりをすることになります。瀬山もそのうち落着き、夜の宿舎で昇たちと技術と人間との問題について議論を戦わせます。物事を人間との関係や人間の効用に結びつけたがる瀬山に対し昇は、技術は自然と人間との戦いであると共に対話でもあり、自然の未知の効用を掘り出すためにおのれの未知の人間的能力を自覚する自己発見であると話します。

 顕子からの簡素な便りは定期的に無電交換手から伝えられ、ある日にはK町に来た顕子の声が無電で聞こえました。昇は顕子に早く会いたいと感じます。深い雪で不安になる若者の中で昇だけが超然とし、他の技師たちから何かと頼りにされる存在となります。年が明け、上流の方で壮絶な大雪崩がありました。春にそなえていた樹々の無慚な死の惨劇を昇は見ます。

 ある日、瀬山と炊事夫が口争いになります。2月になり食事が貧しくなり、味噌汁はただのお湯のようになっていきます。ビタミンC不足から歯茎から出血する者もあります。元から本社の見積りが甘く、瀬山が私腹をこやすため気軽な気持で食糧の量をごまかしていたせいでした。

 昇は瀬山を殴り、何とかするように命じます。3月1日に不足分の食糧はヘリコプターで届けられます。

 春の訪れが近くなり、生れ変わった気分の昇は、瀬山への寛恕や友情の気持から、顕子への自分の恋心を打ち明けます。瀬山に彼女のどこが好きなのかを訊ねられた昇は、感動しないから好きなんだと答えます。

 6月3日に冬ごもりが終了し、越冬者たちは2週間の休暇が与えられます。上野駅で出迎えた顕子と昇は、山の手の宿へ泊まります。顕子の不感症は治っていました。他の男が治したのかと昇は疑いますが、幸福そうな顕子は昇の勘違いを笑い、夫と離婚すると話します。

 翌朝は洋品店で、昇と自分のイニシャルと昨夜の日付を彫った銀のシガレットケースを注文します。顕子は今まで会った女の誰よりも凡庸な女になりました。そっけない魅力だった顕子は不感症が治っても、もう一段独創的な女になると予想していた昇は醒めていきます。

 昇の変化に気づいた顕子は自分に似ているという小滝が見たいと言い、ダム現場に戻る昇に同行します。顕子はK町の宿の奥野荘に滞在します。しかし昇は技師たちと過ごす時の方が楽しく感じ、昇はダム建設現場で石と鉄の世界にいる時こそ、自分の中に人間的情熱や喜びを見出したのでした。

 顕子の夫である菊池祐次郎が昇の宿舎を訪ねます。証券会社経営者の菊池は社会的体裁しか重んぜず、妻の不感症が治った秘訣を教えていただきたいと言う慇懃な男でした。菊池は今後も妻と付き合う気があるなら便宜をはかると言うものの、昇はその意志がないことを告げます。

 翌日、瀬山が宿舎に来ます。昇は、菊池へ密告をしたのが瀬山だとわかります。拳の復讐のつもりが逆効果となった瀬山が滑稽な昇は、彼の前で落ち込んでいる演技をします。しかし瀬山は急に良心に苛まれ、急いで部屋を飛び出し、顕子のいる奥野荘へ電話をかけます。

 瀬山の異変に気づき、電話を聞いた昇は近道で奥野荘へ先回りして待ち伏せします。宿の前の林の中で顕子を迎えた瀬山は、昇がいかに顕子を愛しているかを善意で知らせていたのでした。そして昇が言った、「あの人は感動しないから、好きなんだ」という言葉を顕子に教えます。顕子の顔は蒼白になり、驚く瀬山を残して両手で顔を覆って駆け去ります。

 その深夜、奥野荘から顕子が行方不明になったと連絡があり、瀬山と昇は自転車で駆けつけます。夜明けに顕子の遺体がダムサイト下流で見つかりました。宿には、「あなたはダムでした。感情の水を堰き、氾濫させてしまうのです。生きているのが怖ろしくなりました。さようなら」という昇宛の遺書がありました。

 警察の訊問の後、瀬山は昇にすがりつき泣いて謝ります。昇は顕子の死とあの遺書が、生涯自分を嘲るだろうと感じます。

 奥野川ダムは着工5年後の2月に完成します。この年、昇は33歳です。技術者として成功した昇は9月に渡米後、また新しいダムを設計する予定です。死ぬまでにいくつダムを作れるだろうかと昇は思います。

 アメリカへ発つ前の夏、昇は知人たちをダムへ招きます。顕子の小滝が沈んだ場所で昇は、丁度俺の立っているこの下のところに小さな滝があったんだと、知人の一人の酒場のマダムに言います。煙草を喫みながら、「そろそろお嫁さんをお迎えにならなくちゃいけませんね」とマダムは言うのでした。

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