はじめに
三島由紀夫『盗賊』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
古典主義(ラディゲ、コクトー)。リアリズム
三島由紀夫はラディゲ(『ドルジェル伯の舞踏会』『肉体の悪魔』)、コクトー(『恐るべき子供たち』)といったフランスの古典主義文学に影響を受けています。私淑した二人にも相通じる、作品全体が合理的に構造としてデザインされた戯曲、家庭小説には佳品が多いです。
本作はラディゲ『ドルジェル伯の舞踏会』に似た、宮廷文学になっています。ラディゲはコクトーなどのモダニスト、シュルレアリストと親交があって、前衛的な文学的潮流と接触していたものの、本人はフランスの心理小説(コンスタン『アドルフ』、ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』)やロマン主義文学(ミュッセ)に習いつつ、古典的な小説スタイルでもって小説を展開していきました。『ドルジェル伯の舞踏会』も、クラシックな心理主義文学のラファイエット夫人『クレーヴの奥方』の翻案です。『クレーヴの奥方』と『ドルジェル伯の舞踏会』は貴族の世界におけるメロドラマであること、貴族の奥方が主人公で貴公子と不倫の恋に落ちることが共通します。
『盗賊』も同様に貴族の世界の恋愛を描き、またあるカップルの恋愛の果てに別の登場人物やカップルがなにか喪失するプロット、「裏切り」「背信」「寝取り」のモチーフも二作と共通です。
象徴主義、シュルレアリスム的なグランギニョル
本作はグランギニョルな、心中の美の醸す崇高さに着目する内容です。崇高さとは、快と不快が入り混じった美的経験や対象です。
この辺りは精神分析などの心理学、コクトー(『恐るべき子供たち』)、サド(『悪徳の栄え』)の他、リラダンなどの象徴主義文学、森鴎外(「阿部一族」)、ダンヌンツィオなどがグランギニョルなモチーフやプロットの崇高さ(不快かつ快)に着目した表現を展開したのと重なります。
三島由紀夫が好んだ森鴎外にも「堺事件」「阿部一族」「興津弥五右衛門の遺書」といった切腹をモチーフにする物語があり、本作もそれと重なります。
心中の美はダンヌンツィオが『死の勝利』などで描き、三島も『憂国』にも描いています。
ダヌンツィオと『死の勝利』
三島由紀夫はダヌンツィオに影響され、晩年のファシズム的パフォーマンスや最期の自殺に至るまで、そこからの感化が見えます。ダヌンツィオはイタリアの詩人でファシストとしても知られます。
ダヌンツィオ『死の勝利』も、本作同様に、心中の美を描きます。『死の勝利』では主人公ジョルジョ=アウリスパは愛人イッポーリタへの情欲にとらわれつつも、彼女を完全に所有しえないこと、体の衰えに葛藤し、ニーチェの超人思想を拠り所にするものの、ついにイッポーリタと心中することを決意します。タイトルは、キリスト教美術における教訓画のテーマで、宿命としての死への警句を示します。
ダヌンツィオも三島に影響したニーチェをこのみ、『死の勝利』においては超人思想を援用した、意思による自殺とそのロマンティシズムを描きます。
製作背景
作品の背景として、三谷邦子との失恋があります。三島の友人の三谷信の妹で、初恋の相手でした。『仮面の告白』の草野園子のモデルとしても知られます。
1945年の末、恋人だった三谷邦子が銀行員の永井邦夫(永井松三の息子)と婚約したことを知り、三島はショックを受けています。
本作に見える「裏切り」「背信」「寝取り」のテーマはそうした背景がうかがえます。
タイトルの意味
本作は、心を奪われた異性に裏切られた明秀と清子の二人が、その喪失の経験から惹かれあい、やがて心中を遂げて、それによって自分を裏切った異性に背き、相手のなにかを盗賊のようにうばいさってしまうさまが描かれていて、それがタイトルの由縁です。
明秀と清子の心中のあとにクリスマスの夜のパーティーの席で、二人を捨てた原田美子と佐伯はその家の夫人から互いに紹介され、顔を見合わせるとお互いの美しい顔に、人に知られない怖ろしい荒廃を認めます。美子と佐伯は自分たちの中から、真に美なるもの、永遠に若きものが、巧みな盗賊に盗まれたのを悟ります。
私淑した芥川やメリメにも盗賊をテーマにするロマンスとして「偸盗」『カルメン』があったりします。
物語世界
あらすじ
第1章
1930年代、藤村子爵家の息子の明秀は大学国文科を卒業し研究室に通っています。夏、明秀は母とS高原(志賀高原)ホテルに滞在中、母の旧友原田夫人とその娘美子と出会います。明秀は美子に惹かれ、滞在中、2人は距離を縮めて密会します。
それを悟った藤村夫人は息子と美子を結婚させようと、息子と帰京し、原田家を訪ねて縁談について持ちかけます。しかし奔放な美子には明秀との結婚の意志などなく、こうして母親同士は絶縁してします。また美子と明秀も不仲になります。
翌年の2月のある日、明秀は美子に呼ばれて原田家に行くと、先輩だった学友の三宅がいました。親の会社を継いで台湾にいたものの帰国していた三宅でしたが、美子により明秀が呼ばれていました。美子と三宅は肉体関係があり、明秀は2人の親しそうなのに傷つきます。
第2章
明秀は風邪をひいた父の名代で京都紫野の寺に祖父の法要に出ます。帰りに神戸三宮の旅館に泊まります。
夜8時ごろ外で物音があり、3階の窓から明秀は、自動車に轢かれて倒れたらしき死者を目にします。明秀は死を近くに感じます。
翌朝、明秀は神戸港を見つめ、死の決心をします。
第3章
帰京した明秀は松下侯爵家の社交倶楽部に参加し、京都の法事のときに出会った山内男爵から、娘の清子を倶楽部に連れていくよう頼まれ、彼女を迎えに行きます。明秀は清子に惹かれます。
ある日、清子と話をしていると明秀は自殺の決心を彼女に知られていると錯覚します。実は清子も、同じ決心をしていたため、最後の別れに似た挨拶をしていたのでした。清子も失恋していて、清子は、自分が佐伯という酷薄な青年に傷つけられたように、美子に明秀が裏切られ死の決心をしたと知り、明秀と運命の出会いを意識します。
第4章
清子と明秀は惹かれ合い、愛した人との過去を語り合い、涙します。2人はお互いの中にお互いが在ると感じます。
夏、山内家の軽井沢の別荘に明秀は招かれます。清子と明秀はK牧場(神津牧場)へ自転車で出かけます。
第5章
山内男爵と明秀の母・藤村夫人はかつて恋人同士で、藤村子爵は明秀と清子の結婚話に躊躇います。しかし、明秀の友人・新倉の説得や藤村夫人の希望で、2人の結婚が進展します。
第6章
清子と明秀は11月の結婚式の当夜、心中します。周りの者たちはその理由に関して、彼らが幸福でありすぎたからとしか思えません。
その後、クリスマスの夜のパーティーの席で、原田美子と佐伯はその家の夫人から互いに紹介されます。顔を見合わせた2人は、お互いの美しい顔に、人に知られない怖ろしい荒廃を認めます。美子と佐伯は自分たちの中から、真に美なるもの、永遠に若きものが、巧みな盗賊に盗まれたのを悟ります。
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