始めに
芥川龍之介「偸盗」解説あらすじを書いていきます。
背景知識,語りの構造
アナトール=フランス、森鴎外流のヒューマニズムとリリシズム
芥川龍之介はアナトール=フランスからの影響が顕著で、そこから合理主義的科学的ヒューマニズムを展開していきました。『地獄変』に描かれるテーマを芥川自身の芸術至上主義を体現するものではないと、以前そちらの記事に書きましたが、芥川龍之介は倫理やモラルを重視するヒューマニストです。
またロマン主義的なリリカルな意匠は手本とした森鴎外からの影響が顕著です。
本作はシラー『群盗』とメリメ『カルメン』からの影響があるとされ、盗賊とファム・ファタールのドラマになっています。
シラー『群盗』と、メリメ『カルメン』
シラーは芥川の好んだドイツ古典主義、ロマン主義の作家です。シラー『群盗』は、盗賊となった兄で根は善良なカールと、弟で狡猾で邪悪なフランツを中心とする物語です。弟の策略で盗賊に身を窶したカールの苦悩と、フランツの策略の展開が見られます。
本作はそこから盗賊団を中心とした兄弟のドラマというプロットを拝借していて、太郎と次郎という兄弟の、愛憎入り混じった感情の交錯が描かれます。2人はフランツのように残酷なわけではなく、お互いへの愛情を抱きつつ複雑な感情を持っています。
それに加えて、本作はメリメ『カルメン』から、盗賊団を舞台にするメロドラマという点で設定を借りていて、『群盗』にはない、カルメンのようなファムファタルである沙金を描き、それを中心に太郎、次郎の物語が展開されます。
沙金の非道な振る舞いにより、太郎、次郎の仲は引き裂かれそうになるものの、最終的に二人は絆を確認し、自分たちを陥れた沙金を殺め、どこかへと去るのでした。
オスカー=ワイルド、ショーのシニズム
また芥川龍之介ら新思潮派の作家は、ショー(『ピグマリオン』)やワイルド(『サロメ』『ウィンダミア卿夫人の扇』)といった英国の演劇から顕著な影響を受けています。
本作もショーやワイルドを思わせる、シニカルな文明批評の眼差しが特徴です。
物語世界
あらすじ
平安時代末期、飢餓と疫病がはびこる京の都。ある日、猛烈な夏の日差しが照りつける朱雀綾小路で、二人の人物が偶然出会います。一人は太郎、もう一人は猪熊の婆さんです。二人は同じ夜盗の一味で、その夜、ある計画がありました。
計画とは、豪族である藤判官の屋敷に押し入り、貴重な品々を盗み出すものです。太郎と猪熊の婆さんはその計画について話しますが、太郎の心は他のことを考えています。太郎は、かつて検非違使として夜盗たちを取り締まる立場にあったものの、夜盗の頭目で、猪熊のお婆さんの娘の沙金に心を奪われ、彼女の仲間になっていました。
太郎が猪熊の婆さんと別れた後、お婆さんは過去を思い返しながら綾小路を東へと歩きます。若い頃、台盤所の婢女として働いていたころのこと、そして次郎との出会いです。次郎もまた、夜盗の一味の一員です。
婆さんは次郎に、太郎が沙金と次郎の親しさに嫉妬していることを伝えます。しかし、次郎にはどうにもなりません。
太郎は次第に沙金への嫉妬と怒りに支配されていきます。かつては沙金に深い愛情を抱いていたものの、沙金が自分の弟と関係を持っているからではないかと疑心暗鬼になります。
立本寺の古びた石段で、次郎は沙金との重要な会合を控えています。次郎は石段に腰を下ろし、兄である太郎とのことを考えます。最近、太郎の態度が冷たく、心を痛めます。次郎にとって太郎はただの兄弟以上の存在で、兄に殺されることすら受け入れる覚悟がありました。
沙金に対しては、彼女に心を奪われるものの、放埒な振る舞いや、残忍な行動に憎悪を感じています。
約束の時間になり、沙金が現れます。沙金の後ろには、藤判官の侍がいます。侍はかなり酔っていました。沙金は侍を見送った後、次郎の隣に腰を下ろします。そして、沙金は次郎に計略を打ち明けます。それは、藤判官の侍に夜の襲撃計画を漏らし、太郎に藤判官の貴重な陸奥産の高級馬を盗むように指示するもので、藤判官の侍たちに太郎を殺させるというものです。
次郎はこの計略に驚き、困惑しましたが、沙金は平然と「これは次郎のための計略だ」と言い、次郎はその場で沙金の計略を了承してしまいます。
太郎は、猪熊の婆さんの家へと足を運びます。家の中からは物音が聞こえてきます。心配に駆られた太郎が戸を開けると、猪熊の爺さんが、阿濃という若い女性に無理やり黒く濁った液体を飲ませようとしています。阿濃は15から16歳の娘で、幼い頃に飢えから盗みを働き、罰として地蔵堂の梁に吊り下げられていたのを、沙金たちに助けられて以来、猪熊夫妻と暮らしていました。
太郎は怒り、爺さんを力ずくで倒します。その間、阿濃は外へと逃げ出します。爺さんは、ただお婆さんから頼まれた堕胎薬を飲ませようとしただけだと言い張ります。そして、互いの行動を「畜生」と罵り合いながら、口論になります。
その後、深夜。夜盗の一味は計画を実行に移します。目標は、藤判官の屋敷です。総勢23人の夜盗たちは、藤判官の屋敷を襲撃するため、羅城門に集合しました。この中には太郎、次郎、猪熊夫妻、沙金、そして妊娠中の阿漕もいます。
夜盗たちは屋敷に到着すると、沙金の指示に従い、二手に分かれて襲撃します。正面口は沙金や次郎ら、裏手は太郎と猪熊夫妻らが配置されました。彼らは一斉に屋敷へと押し入ろうとしましたが、襲撃の両箇所で、用意周到に待ち構えていた藤判官の武士たちによる先制攻撃を受け、夜盗たちは押されます。夜盗たちは、矢を射かけられ、夜盗たちは斬り合いになります。
混乱の中、次郎は仲間たちとはぐれます。藤判官方の武士や猟犬からも追われ、かわすものの、素早い犬が3匹、何時までも彼を追いかけます。
猪熊の爺は藤判官方の武士数人に囲まれ、致命傷を負います。斬り殺される寸前、猪熊のお婆の行動で一命を取り留めますが、お婆は一人の武士と差し違えます。
次郎は犬に追い立てられて立本寺の門前まで逃走しますが、そこには多くの野犬が待ち構えていました。そこへ太郎が藤判官の屋敷から奪った馬に乗って現れます。一度は無視して羅城門の方へ馬を向かわせた太郎でしたが、良心の呵責から次郎を救出し、二人はどこかへ去ります。
藤判官の屋敷への襲撃が失敗に終わり、夜は更けます。太郎と次郎は、どこかへと去りました。猪熊夫妻の家では、事件の翌日、居間で、沙金の惨殺死体が発見されます。沙金の死体を発見したのは、羅城門で生まれたばかりの乳呑み子(父は次郎)を抱えた阿漕でした。阿漕は検非違使に尋問され、検非違使は巧みな尋問を通じて、太郎と次郎が沙金を殺害したと突き止めます。
太郎と次郎は京の都から姿を消し、誰も彼らの運命を知りません。




コメント