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鴎外「興津弥五右衛門の遺書」解説あらすじ

森鴎外
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始めに

 鴎外「興津弥五右衛門の遺書」解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

高踏派の作家

 森鴎外は、高踏派の作家とされています。

 これは“l’école parnassienne”の,上田敏の訳語で『現代高踏詩集』(Le Parnasse contemporain)の詩人のことです。芸術のための芸術たる芸術至上主義を唱道したゴーティエとルコント・ド・リールの下に詩人が集い、この詩華集が刊行されたのでした。

 鴎外もこうした詩人の翻訳を手がけて影響されたため、高踏派と呼ばれます。

 高踏派は傾向としてロマン主義、象徴主義の特徴があり、主知主義的な理想主義をテイストとしています。

 本作はさながら象徴主義文学のような、武士道のグランギニョルな実践を描きます

作品の背景

 大正元年、明治天皇崩御に乃木希典陸軍大将が殉死し、それに対する言説が氾濫しました。漱石『こころ』もそうした背景を共有するので有名です。

 鴎外は乃木希典と親しかったので、本作をものして、殉死を肯定的に、義理と責任の実践として描きました。

 他方で『阿部一族』が、鴎外自身の件の殉死に対するアンサーとしての作品いうよりは、時代の言説を踏まえて『阿部茶事談』を緻密に小説化した感じの内容です。

語りの構造

 タイトルにもある通り、本作は興津弥五右衛門の遺書という体裁で綴られ、興津が切腹をこれからする経緯について綴っていく、という内容です。

 興津はかつて、主人細川三斎の命令で横田清兵衛と買い物をしに行ったものの、そこで主人の命令を忠実に守ろうとする興津と妥協しようとする横田で口論となり、切られそうになったので反撃して興津は横田を殺めてしまいます。このことに責任を感じた興津は主人細川三斎に切腹を申し出るものの、三斎は興津の忠義を認め、横田家と興津家の間を取り持ってくれました。そして、その後も細川家に仕えていた興津は、三斎の一周忌を迎えた今、つとめを果たしたので、過去の罪のために切腹しようとしていることが綴られています。

物語世界

あらすじ

 寛永元年、長崎にベトナムとの交易船が入港することを聞きつけた細川三斎は、家臣の興津弥五右衛門と横田清兵衛に対し、茶事に使う珍しい品を買ってこさせます。

 長崎に着いた彼らは、最高級の香木である伽羅が渡来していると知るものの、その香木は、本木と末木の部分に別れていました。伊達政宗の家臣も長崎に来ており、この本木を巡り細川家と伊達家が競り合いになります。

 末木で妥協しようとする横田と、主人の命を守り本木の購入にこだわる興津とで口論になります。やがて怒った横田が興津に脇差を抜いて投げつけると、興津はかわして横田を斬ります。

 その後、興津は本木を手に入れ、伊達家は末木を持ち帰ることになります。国に帰った興津は、主人の三斎公に対し、横田を斬った責任を取り、切腹することを申し出ます。

 しかし三斎公はこれに感じ入り、主人の命に従って忠実に働いた興津を褒め称えます。三斎公は横田の息子を城に呼び出して酒宴を催し、興津家と横田家の間を取り持ちます。

 興津はこのことを恩と思い、命を懸けて細川家に仕えます。

 そして三斎公の一周忌に、そのことをしたためた遺書を遺し、罪を償うために殉死しようとするのでした。

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