始めに
オースター『シティ・オブ・グラス』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
オースターの作家性
オースターはモダニズムの作家です。
ベケットからは大きな影響があります。ミニマリズム、書くことに対するこだわりなどを継承します。またカフカの幻想文学における不条理やナンセンスからも影響が見えます。またアイデンティティを巡る主題にも共通性があります。
ポーの影響も大きいです。オースターの作品にはしばしば「探偵」が登場しますが、それはポーから続くゴシックの伝統でもあります。『ウィリアム・ウィルソン』的な実存的テーマも多いです。
他にもホーソーン、ソローのロマン主義、クヌート=ハムスンの影響も見て取れます。
形而上学的探偵小説
本作は形而上学的探偵小説のバリエーションと言えます。
形而上学的探偵小説は20世紀の実験小説の文学ジャンルで、形而上学的思弁とミステリー、サスペンスを合わせたものです。ポー『群衆人間』が先駆とされ、他にも発表時期の早いものにチェスタトン『木曜日の男』などがあります。ジョイス『フィネガンズ・ウェイク』なども、一部この様式が見て取れます。1930年代から1940年代にかけて、ボルヘス、フラン=オブライエン、ウラジーミル=ナボコフ、フェリペ=アルファウなどのモダニズムが展開され、そうした作家の作品にはこのジャンルとされるもの、ジャンルの生成に寄与した作品がいくつかあります。
さらにあとの時期だとピンチョンのサスペンス色の強い作品のほか、ウンベルト=エーコ『薔薇の名前』が特に有名で、ジョルジュ=ペレック、ポール=オースターもこのジャンルの作家です。
アイデンティティをめぐるドラマ
主人公クィンが、自分ではない誰か(ポール=オースター)になりすますことで、自分自身を見失っていく過程が描かれています。物語が進むにつれ、クィンは名前、家、そして物理的な肉体の輪郭さえも失っていきます。自分とは何者かという問いが、答えのない迷宮へと変わります。
作中の重要人物スティルマン教授が追求するのは、物と名前が完全に一致していた時代の言葉です。現代の言葉は、壊れた傘を「傘」と呼ぶように、実態を正確に表していないと彼は考えます。ニューヨークのゴミを拾い集め、それらに新しい名前を与えようとしますが、これは言葉で世界を再構築しようとする狂気の象徴です。結局、言葉は現実を捉えきれず、物語もまた言語の迷宮の中でバラバラになっていきます。
ニューヨークのグリッドが、本作では巨大な迷宮として機能しています。クィンはスティルマンを尾行し、その歩いた軌跡を地図に書き込みます。そこに意味を見出そうとしますが、それは結局のところ、クィンが勝手に作り出した解釈に過ぎないのかもしれません。数百万人が住む都市でありながら、誰とも繋がれず、ただ街の一部と同化していくクィンの孤独が強調されています。
物語世界
あらすじ
主人公のダニエル=クインは、妻子を亡くし、孤独の中でウィリアム=ウィルソンというペンネームで推理小説を書いて暮らしている作家です。
ある夜、彼の元に「ポール=オースター探偵事務所」を呼び出す間違い電話がかかってきます。最初は否定したクインでしたが、度重なる電話に好奇心を抑えられず、ついに自分が「探偵ポール=オースター」であると偽って依頼を引き受けてしまいます。
依頼主は、ピーター=スティルマンという青年でした。彼は幼少期、狂気的な学者である父親(スティルマン教授)によって暗い部屋に長年監禁されていました。その目的は「人間を完全に隔離すれば、神の言葉(純粋な言語)を話し始めるのではないか」という残酷な実験のためでした。
出所した父親が自分を殺しに来るのではないかと怯えるピーターのため、クイン(偽オースター)は、ニューヨーク駅に降り立つ父親を尾行することになります。
クインは父親のスティルマン教授を執拗に追跡します。しかし、老人の行動は極めて奇妙でした。毎日あてもなくニューヨークの街を歩き回る。地面に落ちているガラクタを拾い集める。
クインがその歩行ルートを地図に書き起こすと、それは「TOWER OF BABEL(バベルの塔)」という文字を描いているように見えます。
クインは「何か巨大な謎があるはずだ」と深読みし、次第にこの追跡にのめり込んでいきます。
次第にクインの精神状態は不安定になり、自分のアパートを離れ、路上生活者のような格好でスティルマンの家の前を見張り続けるようになります。
しかし、ある時スティルマン教授がすでに死んでいたことを知らされます。追うべき対象も、報酬も、自分が「偽の探偵」であるという根拠もすべて失ったクイン。さらには、作家である本物のポール=オースターに会いに行きますが、彼もまた探偵ではありませんでした。
最終的にクインは自分の名前も、住む場所も、存在そのものも失い、何もない部屋でノートに文章を書き記しながら、煙のように消えてしまうのでした。




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