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宮本百合子『伸子』解説あらすじ

宮本百合子
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始めに

 宮本百合子『伸子』解説あらすじを書いていきます。

語りの構造、背景知識

ロシア文学の影響

 宮本百合子は、ロシア文学の影響が顕著です。特にトルストイ、ドストエフスキー、ゴーリキーなどです。

 1916年、日本女子大学英文科予科に入学し、そこで白樺派風の作品『貧しき人々の群』を『中央公論』9月号に発表しデビューし注目されましたが、これもドストエフスキー『貧しい人々』にあやかったタイトルです。

 またトルストイの保守主義、ロマン主義、ゴーリキーのロマン主義とリアリズムも、百合子に継承され、本作もトルストイ、ゴーリキーの自伝作品や諸作を思わせる精緻でダイナミックなリアリズムが特徴です。

 作風としては日本のメアリー=マッカーシーといった感じで、圧倒的な筆力のリアリズムをたたえた自伝的物語が得意です。

プロレタリア文学

 宮本百合子はプロレタリア文学の作家です。

 プロレタリア文学は、プロレタリアートの解放を掲げ、その思想や感情を描くもので、世界各地における社会主義革命運動の展開に伴って1910〜1930年代前後に展開されました。大正末期の「種蒔く人」を出発点とし、度々の組織の分裂、統合を経て、「文戦」派と「戦旗」派の二陣営が中心になるものの、政治的弾圧を受けて1934年までには壊滅してしまいます。プロレタリアのための文学や社会主義のテーマの文学は、その後は戦後まで途絶していきます。

 百合子がプロレタリア文学の作家となるのは、1930年の日本プロレタリア作家同盟に加入からなので、本作はまだそうなる以前の作品なのですが、すでに共産主義、社会主義への関心はこの頃からあり、また、慣習のなかで疎外されたヒロインがマルクス的意味合いにおける労働により自己実現を図ろうとするテーマなど、プロレタリア文学との共通性が見えます。

伝記的背景

 百合子は1918年9月26日、父と東京を出発し、アメリカ合衆国に遊学しました。ニューヨークに滞在し、1919年にコロンビア大学聴講生となります。そこで知り合った15歳年上の古代東洋語研究者荒木茂とニューヨークで結婚しました。同年12月、母親が重度の糖尿病となり、単身帰国し、荒木茂は翌1920年に帰国しています。

 その後、1924年に野上弥生子を介してロシア文学者の湯浅芳子(本作の吉見素子のモデル)と知り合い、彼女とは人生のパートナーとなっていきます。1924年夏、離婚が成立しました。

 このころの経緯を『伸子』としてまとめています。

自伝三部作

 第二次世界大戦後、作者はこの「佐々伸子」を主人公として、その後の時代を描き「二つの庭」「道標」をものしています。

 『二つの庭』は湯浅芳子との生活と訪ソまでを描いていて、湯浅芳子は吉見素子として登場します。『道標』は佐々伸子と吉見素子が1927年、モスクワに到着したところから始まり、ふたりのソ連での生活、佐々一家の訪欧と西欧での家族との交流、モスクワにもどっての素子との生活、伸子の日本帰国の決意までを描いています。

物語世界

あらすじ

 佐々伸子は国粋主義的な母を疎み、父の転勤を機にニューヨークへ留学します。

 そこで現地にいる日本人の親睦会に伸子も父と一緒に招かれ、佃と出会います。伸子は次第に彼に惹かれます。

 佐々親子の日本の帰国が迫る中、伸子の父親が風邪になり、回復するものの伸子が風邪をひきます。その二人を看病したのが佃で、伸子は佃を結婚相手として意識します。

 親しくなる二人ですが、周りの者たちが佃は信用できないから結婚を避けるように言います。伸子はむしろそうした意見に反発して、佃に伸子からプロポーズします。

 アメリカで結婚をし二人で帰国するはずだったものの佃の勉強の関係で伸子だけ先に帰国します。しかし伸子の両親は佃のことを嫌い、結婚に反対です。

 その後二人は伸子の実家に住むものの、佃は家族に馴染もうとせずにいます。佃は何の仕事をしているのか伸子にもわからず、伸子の父が紹介してそこで佃は働きます。それを機に伸子の両親が佃を養子にしたほうが世間的にいいだろうと伸子に伝え、伸子は佃に相談します。しかし曖昧な返事しかせず、母の佃に対する苛立ち、それから自分の母への反発から、伸子はやがて両親からの申し出を拒否します。母よりも寛容だった父も怒り、家を出るように言われます。

 家を出て新しい新居で生活を始めたものの、伸子は夫婦生活に違和感を持ちます。佃との結婚生活を見直そうと、伸子は東北にいる祖母を訪ねたりまします。

 そのうち伸子は別居しようと佃に言うものの、また曖昧な返事をされます。

 それから3年間ほど結婚を続けるものの佃が吐血して大病を患ったり気持ちが佃に戻ったりと不安定な関係が続きます。

 その後また伸子は祖母の元へ旅し、旧友の素子に会って相談したこと、かつ家に遊びに来た弟を佃が邪険に扱ったことを思い出し、決別のために佃に手紙を出します。

 伸子は家に戻り、佃は別居の件はどちらでもいいというものの、泣きながら君の望む男になるから別れないように話します。

参考文献

・中村智子『宮本百合子』

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