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ピンチョン『V.』解説あらすじ

トマス=ピンチョン
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始めに

ピンチョン『V.』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

語りの構造

 本作は2つの大きなプロットのオムニバス的デザインです。

 一つは1955年から1956年のニューヨークを舞台とした、元水兵の放浪者ベニー=プロフェインの物語です。彼は非人間的な「物」の一切と相容れられず、数多くの女性と関係を持つものの女性の向こうにみえる「物」性を恐れます。こちらの語りは時系列に沿ったものです。

 もう一つはハーバード=ステンシルが収集した「Vの女」についての非時系列のエピソードです。Vは歴史の黒幕とされエジプトのカイロのヴィクトリア、極南の地ヴェイシュー、ヴェネズエラ人の暴動計画、「ヴィーナスの誕生」略奪事件、マルタ島のヴェロニカなど、Vのイニシャルを共通項として現れます。父シドニー=ステンシルがVの女についての記述を手帳に残したというステンシル自身の語りと、父が死の直前にVの女と再会したという過去時制の物語がVの存在を伝えますが、あとは妄想や想像が混ざっています。このパートはスパイ小説やゴシック小説などのスタイルのパロディが見えます。

 両者とも、女性を追い求めるドラマになっている点で共通しています。

ジョイス『ユリシーズ』の影響

 本作もジョイス『ユリシーズ』の影響が顕著です。

 モダニズム文学はT=S=エリオットの『荒地』などを皮切りに、フォークナー(『アブサロム、アブサロム!』『響きと怒り』)、ジョイス(『ユリシーズ』)、三島由紀夫(『奔馬』)、大江健三郎(『万延元年のフットボール』『取り替え子』)など、神話的象徴の手法を取り入れるようになりました。これは神話の象徴として特定の対象が描写され、新しい形で神話や特定の対象が発見される機知が喚起する想像力に着目するアプローチです。

 またジョイスは美学においてエピファニーという発想を提唱しました。これは、「平凡な瞬間の中に、対象がふとした瞬間に見せるその本質の顕れ」のことです。ジョイスはイプセン(『民衆の敵』『人形の家』)という戯曲作家のリアリズムからの影響が顕著で、エピファニーの発想にも、それが手伝っています。

 さらに『ユリシーズ』は全18話において各々パロディという形でさまざまなジャンル、作家のスタイルが導入されています。この語りの構造は『フィネガンズ・ウェイク』でさらにラディカルに展開されていきます。またこうした要素は村上春樹作品(『風の歌を聴け』)、ピンチョン作品(『重力の虹』)、クノー(『文体練習』)、伊藤整、ナボコフ(『ロリータ』)に継承されていきます。このようなさまざまな作家、ジャンルのパロディを展開することで、現実世界における言語的多様性を抱えつつ営まれる実践の再現を試みているとも解釈できます。トウェイン『ハックルベリ=フィンの冒険』の如く、方言などの多様なスタイルでもって綴られる作品世界は現実世界の再現として捉えられます。また認知言語学、記号学的な発想を汲み取ることができ、つまるところ各々の言語、作家のスタイル、ジャンルというのは積み上げられた歴史の集積物で、歴史的蓄積の中で構築された各々の言語の(メタファー、レトリックなどに見える)全体論的デザインや歴史的実践の中での変遷に着目するのがソシュール以降の記号学や認知言語学と言えますが、ジョイスやそれ以降のモダニストの他言語、ジャンル、作家パロディの実践はその歴史性へのコミットメントでありその中での合理性や機知の発現と評価できます。

 本作『V.』も引用やパロディで多くの作品へのオマージュをささげつつ、象徴的な物語としてデザインされています。そしてそれはジョイスのエピファニーのように、対象の本質を顕しています

ナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』との関係

 本作はナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』からの影響がうかがえます。物語で中心的な役割を果たす「V」という存在ですが、ナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』の語り手が「V.」という名前で、作品のコンセプトも似通っています。

ナボコフ『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』の語り手であるV.は、夭逝した、異母兄であるロシア生まれの英語作家セバスチャン=ナイト(1899年~1936年)の伝記執筆に没頭しています。彼の元秘書であったグッドマンが書いた伝記『セバスチャン・ナイトの悲劇』が間違っていることを証明しようとします。そして兄はクレア・ビショップという女性との関係を長く続けた後、別の女性との辛い恋愛を経験したのだと語り手は考えます。この最後の女性はロシア人で、この女性の正体を探ろうとします。物語は信頼できない語り手であるVによって語られ、結局セバスチャン・ナイトのことは、ほとんど何も分からず、語り手についてもよく分からない、というのが作品全体のデザインです。Vは最後にセバスチャンの臨終のときに間に合ったと思ったものの、それは実は全く別人だったのでした。途中、ルセール夫人がセバスチャンの最後の愛人であるマダム・ド・レチノイであり、彼女が自分の話をまるでフォン・グラウンの逸話のように語ってたという展開があるのですが、これは作品のテーマを象徴するものになっていて、Vとセバスチャンも実は同一人物であるか部分的に混合している可能性も示唆されています。

 『V.』も全くこれと類似のコンセプトで、ハーバード=ステンシルは父と関係した謎の「Vの女」について探ろうとするものの、結局最後までその正体は全く分かりません

 二人の主人公である元水兵の放浪者ベニー=プロフェインもハーバート=ステンシルも、どちらもどこかに、どこにもいないかもしれない理想の女性を追い求めていて、いつも心の中に空虚な空洞があります。

 ピンチョンは多分基本的に勢いで書いていて、オチまで考えていないために、サスペンスで引き伸ばして最後までなげっぱなしでそれを世相の寓意にする、みたいなイシグロくらいワンパターンなプロットが多いですが、本作はそれが三島『金閣寺』、フィッツジェラルド『グレート=ギャツビー』、フルニエ『モーヌの大将』のような、実体のない空虚な理想を追い続ける青春の寓話としてうまく機能しています。

物語世界

あらすじ

第 1 章

 1955 年のクリスマスイブ、バージニア州ノーフォーク。最近除隊した水兵のベニー=プロフェインは、地元の水兵バー「セイラーズ グレイブ」にいます。このバーでは、ウェイトレス全員がベアトリスという名前で、ビールの蛇口は水兵が吸うゴム製の胸の模型です。

 ここでプロフェインは、小柄で乱暴な水兵のプロイ、彼のミュージシャンの友人デューイ=グランド、マルタ人のバーメイドのパオラ=ホッドに出会います。バーのオーナーのミセス=バッファは、クリスマスを祝って「真夜中の晴れ間」の演奏を始めますが、そこをプロイと他の酔った水兵に襲われます。この騒動により、憲兵がやってきます。ピッグ=ボディン、パオラ、デューイ=グランド、プロフェインは、混乱から逃れてピッグのアパートに向かいます。

第2章

 レイチェル=オウルグラスが、友人でルームメイトのエスター=ハヴィッツに鼻形成手術を繰り返し施して借金を負わせたとして、整形外科医のシェール=シェーンメーカーと対峙します。

 それからレイチェルのアパートで開かれたパーティーで、「シック=クルー」のパオラ、エスター、デブが出席している場面が描かれます。

 マルタ島でのハーバードの父親の謎の死 と、日記に記された女性「V」の正体にとらわれるハーバート=ステンシルが描かれます。

第 3 章

 19 世紀末のエジプトの英国人コミュニティを舞台にします。殺人と陰謀の物語を語り、V の最初の化身である若い女性ビクトリア=レンの姿を描きます。

 この章は、ピンチョン『スロー=ラーナー』に収録されている短編小説「秘密裡に」を再構成したものです。

第4章

 シェール=ショーンメーカー医学博士の経歴と、彼が形成外科医としてのキャリアを始めた経緯について詳しく説明します。第一次世界大戦中、ショーンメーカーはパイロットになることを希望してAEFに入隊しましたが、エンジニアになってしまいます。

 勤務中、彼は理想としていたパイロット、エヴァン=ゴドルフィンが空襲で重傷を負うのを目にします。1 か月後、ショーンメーカーはリハビリ手術から回復中のゴドルフィンを病院で訪ね、無能な外科医ハリドムが、感染症を引き起こしかねない時代遅れの方法で治療したことを知ります。この出来事はショーンメーカーにトラウマを与え、ゴドルフィンのような人々を助けることが自分の使命であると考えるようになりましたが、その信念は徐々に薄れます。

 ステンシルは V を探しているときにシェーンメーカーに出会い、エスターの鼻の整形手術を彼に紹介します。その後の診察でエスターとシェーンメーカーは恋人同士になるのでした。

第5章

 ベニーはマンハッタンの下水道でワニを狩る仕事をしています。

 「ベロニカ」というネズミが登場し、数十年前に下水道に住み、ネズミに説教していた狂った司祭、ライナス=フェアリング神父も現れます。

第6章

 プロフェイン、ジェロニモ、エンジェル、そして彼の妹ジョセフィン「フィナ」が、飲み歩きながら街に出かけます。

 フィナとプロフェインは、彼女を精神的なリーダーとみなすプレイボーイズという地元のストリート=ギャング内でのいざこざと関係します。

第7章

 1899年のフィレンツェでは、ヴィクトリアが現れ、地名ヴェイシューも登場します。

 ヒュー=ゴドルフィンがベネズエラ領事館を通じてボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」を盗もうとした事件にも焦点を当てます。

第8章

 下水道のワニ狩りで解雇され、失業したばかりのベニー=プロフェインがマンハッタンで仕事を探します。ベニーは偶然、タイムスペース雇用代理店が発行した広告を見ます。代理店に到着すると、秘書がかつての恋人レイチェル=オウルグラスであることに気づきます。

 ステンシルは謎の「V」 (ビクトリアかネズミのベロニカのどちらかに絞っている) の調査を続け、ヨーヨーダイン社のエンジニア、カート=モンドーゲンと会います。

第9章

 『重力の虹』にも登場するクルト=モンダウゲンの、1922年の包囲戦(ヴェラ・メロヴィングも参加)のときも含め、南西アフリカ(現在のナミビア)を舞台にする活躍が描かれます。

第10章

 ジャズバンドでアルトサックスを演奏するマクリンティック=スフィアは、ハーレムの下宿に帰ります。前の週は上から目線のアイビーリーグの学生たちを相手に演奏していたため、疲れ果て、ルビーという名の売春婦と部屋でくつろぎます。

 一方、ベニーはついにアントロリサーチ=アソシエイツに就職し、そこでシュラウドという合成ヒューマノイドを紹介されます。ピッグ=ボディンとルーニー=ウィンサムは、ルーニーの妻マフィアとピッグが不倫しているというルーニーの疑惑から口論になります。一方、マフィアはベニーとのセックスを強引に迫るが、ベニーは断ります。シェーンメーカーはエスターと口論になるものの、彼はエスターにさらに整形手術を施してその内面の美しさを引き出したいといいます。

 ステンシルは、アパートでレイチェルを探しているときに、ファウスト=マイストラルの告白を渡すパオラに出会います。

第11章

 第二次世界大戦中、ドイツ軍の爆撃に苦しみ、瓦礫の撤去に携わっていたマルタの民間人ファウスト・マイストラルは、ベニー・プロフェインの物語に登場する娘パオラに宛てた長い手紙を書き、その手紙がステンシルの手に渡ります。

 手紙にはファウストの日記からの引用が大量に含まれていました。ヴァレッタという地名の他に、V は倒壊した建物の梁に押しつぶされた老女 として物語に登場します。

第12章

 ルーニーとマフィアは争い続け、ルーニーは V-Note でマクリンティックと会い、マサチューセッツ州レノックスへ向かいます。

 マチルダの下宿に戻ると、ルーニーはルビーと会います。ルーニーはルビーが変装したクルーの一員だと気づきます。エスターはスラブに妊娠していると告げます。エスターをキューバに送り、中絶させようとスラブがしており、クルーが廃倉庫で開くパーティーでその意図を告げて金を募り、資金を集めます。

 空港でスラブはエスターをキューバ行きの飛行機に乗せようとするが、抵抗に遭います。マクリンティックと一緒に旅行していたパオラは、彼に自分の正体を明かす。マクリンティックは、「冷静であれ、気をつけて」というセリフを言い、バークシャー地方へと車を走らせる。

第13章

 ベニーは、アンソロリサーチ=アソシエイツでの仕事を失います。

 ベニーは仕事に就くことができず、またその気もなかったので、ラスティ=スプーンで余暇を過ごすことにした。

 ベニーはステンシルと一緒に酔っ払い、ステンシルは V. に関する彼の知識のすべてを語ります。バレッタはステンシルが V. についての情報を探す旅の最後の場所であったため、ベニーとパオラに島まで同行するよう頼みます。

 ベニーとステンシルは強盗を犯し、9 月下旬にパオラを乗せたスザンナ=スクワドゥッチ号に乗ってマルタ島へ出航します。

第14章

 この章では、V は若いバレリーナ、メラニー=ルルモーに魅了されます。

 バレエ公演では、若いバレリーナが公演中に串刺しにされて死亡します。

第15章

 ベニーとピッグ=ボディンは、2 人の女の子、フリップとフロップと一緒に、酒に酔ってワシントン DC を歩き回りながら冒険をします。

 ベニーの送別会が 2 回あり、ベニー、ステンシル、パオラがスザンナ=スクワドゥッチ号に乗ってマルタ島に向けて出発します。

第16章

 スエズ危機の初期段階でイギリス海軍がマルタ島に集結したとき、ステンシルはベニーを引き連れてファウスト=マイストラルを捜索して到着します。

エピローグ

 ステンシル=シニアがまだ生きていた頃のバレッタへの回想です。第一次世界大戦後、彼はマルタ島に派遣され、原住民とその独立願望を目の当たりにします。

 ステンシル=シニアは、マイストラルの妻(ファウストを妊娠中)から、マイストラルを二重スパイの任務から解放してほしいと懇願されます。ステンシル=シニアは、ベロニカ=マンガンまたはVと出会い、性交します。ステンシル=シニアは、マイストラルも彼女と浮気していることを知ります。

 ライナス=フェアリングもステンシルの二重スパイとして働いていたもののアメリカへ出発し、ステンシルがマルタにいる目的は無くなります。

 V は ステンシル=シニア を彼女の保護から解放し、マイストラルも同様に解放します。

 ステンシル号は地中海に向けて出航し、水上竜巻によって船は空中に吹き飛ばされ、その後深海へと沈んでいきます。

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