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太宰治『人間失格』解説あらすじ

太宰治
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始めに

 久しぶりでもないですが、ちょっと姉妹サイト運営、課題、資格勉強などで忙しく更新が滞ってました。今日は太宰治『人間失格』について解説を書いていきます。太宰治はとにかく森田童子(「ぼくたちの失敗」)やライトノベル、久米田康治『さよなら絶望先生』など漫画に至るまでそのサブカルチャーへの影響が甚大です。

語りの構造、背景知識

ジッド『ドストエフスキー論』の影響。芥川龍之介『藪の中』などに似る形式主義的実験

 太宰治はジッド(『田園交響楽』『狭き門』)の作品やその『ドストエフスキー論』から顕著な影響を受けました。本作の形式主義的実験にはその痕跡が見受けられます。また私淑した芥川龍之介『藪の中』のような枠物語的構造、非線形の語りに影響されています。

 ジッドとドストエフスキーの影響は女性の理想主義的な表象にも顕著で、サリンジャー作品(『ライ麦畑でつかまえて』『ナイン=ストーリーズ』)にも似ています。

葉蔵の手記を読む「私」。書簡体小説(ドストエフスキー)、過去作品との類似

 本作品は等質物語世界の「私」が「はしがき」「あとがき」で語り手になるほか、彼が葉蔵の書いた手記を1〜3のパートに分かれて読んでいくという形式になっています。さながらコンラッド『闇の奥』のような、非線形の語り口で葉蔵の人となりが描かれていきます。

 枠物語と狂人の日記、非線形の語りの手法という点では、太宰が関心を寄せた魯迅「狂人日記」とも重なります。

 またドストエフスキー『貧しき人々』のような書簡体小説、手記という第二次の語りによる小説になっています。

 このような非線形の語りと主人公の名前の共通性から、「道化の華」との連続性が匂わされています。「道化の華」は異質な語りの構造が設定されています。「道化の華」は、葉蔵というキャラクターが主人公で、このキャラクターは、太宰治の分身のような存在で、『人間失格』の主人公と同姓同名です。このキャラクターに主たる焦点化が置かれつつ、他の人物にも焦点が置かれます。「道化の華」の語り手は異質物語世界の語り手ですが、作者の分身のような、等質物語世界的含みもある語り手です。この作者の分身たる語り手が、自己の創造物であり、また自己の分身である葉蔵の物語を語っていくという構成です。語り手は、心中で女性を死なせた葉蔵に共感し、なんとか救済と赦しを与えたいと願います。

自伝的小説

 本作の葉蔵は作家個人の伝記的背景の影響が強く、作家の分身とも言えますが、「私」という手記の読み手が存在することによって、その独白は幾分相対化されたものになっています。

 太宰治は芥川龍之介からの影響が顕著ですが、芥川龍之介はストリンドベリの告白文学から顕著な影響を受け、とはいえストレートに自伝的な告白文学はなかなかものさず『藪の中』『地獄変』といった告白形式の作品や、『大導寺信輔の半生』『歯車』など自伝的作品を著しました。

 本作はそんな芥川龍之介に影響したストリンドベリにも似た告白文学になりつつも、芥川龍之介的なシニズムで相対化して展開しています。

 不倫と心中で女性を死なせた醜聞とトラウマが中心となるところは「道化の華」と共通で、「ホリウッド」の女給で18歳の田部シメ子と鎌倉・腰越の海にてカルモチンで心中をはかったことが背景にあります。ただそれで高校を放校になってしまう(実際には東京帝国大学をその数年後中退)など、太宰とは一致しないところも多く、それでも鎮痛剤の依存症など、重なるところも多々ありつつ、物語は展開されます。

 このような自己戯画化、セルフパロディ的な試みは「ダス=ゲマイネ」「」「道化の華」などにもうかがえます。

代表作だが…

 本作は太宰の代表作ですが、太宰はまず語り口がうまい作家なので、軽妙でリズミカルな語りの光る、『お伽草紙』などが最も良いと思っています。

 語り口がうまい一方で、三島(『サド侯爵夫人』)や谷崎潤一郎(『』『痴人の愛』)と違ってプロットや状況、集団の心理劇を展開するのはそう巧みでないため、長編を書くのは苦手な部類です。影響したドストエフスキーの『罪と罰』や芥川の『藪の中』のような集合行為の織りなす心理劇的なデザインが弱く、モノローグに終始する印象です。

道化師

 堀口大学の作品にも現れますが、世紀末文学におけるグロテスクなサーカスや道化師のモチーフは頻繁に見えるものでした。シェーンベルク「月に憑かれたピエロ」などがよく知られます。

 ゴダール監督『気狂いピエロ』も、本作のような青春パンクとして有名です。

 複雑な家庭環境に育ち、道化た振る舞いで必死に周囲を和ませたり関心を引こうとしたりする太宰の切実な感情が、道化師に仮託して描かれます。

物語世界

あらすじ

はしがき

 幼年時代・学生時代・奇怪な写真の”三葉”の写真を語り手が見比べています。

第一の手記

 「自分」は、人間に対する求愛として道化を演じます。その本性は、女中や下男に犯される犯罪に対して、力なく笑っている人間でした。

第二の手記

 中学校時代、「自分」は道化の技術が見抜かれそうになります。その後、旧制高等学校において人間への恐怖を紛らわそうと、悪友・堀木によって酒と煙草と淫売婦と左翼思想とに浸ります。これらは「自分」にとって醜悪に見える人間の営みから、解放をもたらしました。

 急激に環境が変わり、しがらみから逃れがたくなり、人妻との一夜ののちに、彼女と心中未遂事件を起こします。しかし「自分」一人が生き残り、自殺幇助罪に問われます。結局、起訴猶予となり父親と取引のある男を引受人として釈放されるのでした。

第三の手記

 罪に問われて高等学校を放校になり、引受人の男の家に逗留するものの、男に将来どうするのかと詰め寄られて「自分」は家出します。

 子持ちの女性や、バーのマダムらとの破壊的な女性関係にはまり、「自分」はさらに混乱します。しかし堀木とのやり取りを経て世の中への用心が和らぎ、漫画家となりルバイヤートの詩句を挿入するのでした。また一人の無垢な女性と知り合い、結婚しました。

 しかし彼女は出入りの商人に犯されます。凄惨な恐怖に襲われ、絶望からアルコールに溺れて、ついにある晩、彼女が密かに用意していた睡眠薬で発作的に自殺未遂します。

 その後は衰弱してさらに酒に溺れて、やがて喀血します。薬屋で処方されたモルヒネの注射液を使い、モルヒネ中毒にかかります。モルヒネのため、薬屋からツケで薬を買ううちに借金が膨らみ、ついに薬屋の奥さんと関係を結びます。「自分」は実家に状況を説明して無心の手紙を送ります。

 やがて引受人の男と堀木がやってきて、病院にいこうといわれます。行き先は脳病院で、他者より狂人のレッテルを貼られたと自覚し、「自分」は人間を失格したのだ、と思います。

 数か月の入院生活ののち、故郷に引き取られた「自分」は廃人となり、老女に犯されます。実年齢では27歳だが、白髪が増えて40歳以上に見られると語り、自白は終わります。

あとがき

 あとがきで、「私」がマダムと会い、小説のネタとして提供された葉蔵の手記と写真を見て、熱中しています。

 「私」がマダムに葉蔵の安否を尋ねると、不明だと告げます。マダムは「お父さんが悪い」と言い、葉蔵のことを「神様みたいないい子」と語るのでした。

参考文献

・野原一夫『太宰治 生涯と作品』

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