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三島由紀夫『天人五衰』解説あらすじ

三島由紀夫
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始めに

三島由紀夫『天人五衰』解説あらすじを書いていきます。『豊饒の海』シリーズ(1.2.3.4)の4です。

背景知識、語りの構造

古典主義(ラディゲ、コクトー)。リアリズム

 三島由紀夫はラディゲ(『ドルジェル伯の舞踏会』肉体の悪魔』)、コクトー(『恐るべき子供たち』)といったフランスの古典主義文学に影響を受けています。私淑した二人にも相通じる、作品全体が合理的に構造としてデザインされた戯曲、家庭小説には佳品が多いですが、純文学作品には駄作も多いです。また純文学でいいのは『金閣寺』など初期の作品に多いです。

 本作はラディゲ『ドルジェル伯の舞踏会』に似た、宮廷文学になっています。ラディゲはコクトーなどのモダニスト、シュルレアリストと親交があって、前衛的な文学的潮流と接触していたものの、本人はフランスの心理小説(コンスタン『アドルフ』、ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』)やロマン主義文学(ミュッセ)に習いつつ、古典的な小説スタイルでもって小説を展開していきました。『ドルジェル伯の舞踏会』も、クラシックな心理主義文学のラファイエット夫人『クレーヴの奥方』の翻案です。

 クレーヴの奥方』と『ドルジェル伯の舞踏会』は貴族の世界におけるメロドラマであること、貴族の奥方が主人公で貴公子と不倫の恋に落ちることが共通します。他方で、『クレーヴの奥方』では、夫の憤死と恋愛の破綻までが描かれるのに対し、『ドルジェル伯の舞踏会』ではその後の三人は描かれません。

 春の雪』でも、清顕を最後に拒んだ聡子でしたが、本作でもまた、聡子の清顕に対する拒絶で終わります。

モダニズムと輪廻

 本作品は『浜松中納言物語』と言う転生をモチーフにする古典文学を下敷きにしており、四部作(1.2.3.4)で転生者をテーマとする作品になっています。そして仏教思想が背景になっています。

 T=S=エリオット『荒地』の下敷きとなった文化人類学者フレイザー『金枝篇』が、ネミの森の王殺しの儀式の伝統に対して、自然の象徴である森の王が衰弱する前に殺すことで、自然の輪廻と転生のサイクルを維持するためだという解釈を与えています。ここから以降のモダニズム文学に輪廻と転生のモチーフが現れるようになりました。

 たとえばサリンジャー『ナイン=ストーリーズ』などにもその影響が伺えます。中上健次『千年の愉楽』、三島『豊饒の海』シリーズ(1.2.3.4)、押井守監督『スカイ・クロラ』などにも、モダニズムの余波としての転生モチーフが見えます。

 また三島由紀夫には郡虎彦を経由してニーチェからの影響があり、ニーチェの永劫回帰も、宿命論的な時間論で、時間軸の中での宿命の輪廻を提唱し、本作の背景になっています。

シリーズの変遷

 四部作(1.2.3.4)の主人公は松枝清顕と、その親友の本多繁邦と言えます。

 松枝侯爵の令息である松枝清顕は、綾倉聡子と不倫の恋をして、やがて二人の仲は引き裂かれ、失意の中で松枝清顕は死にます。この松枝清顕は死に際に転生を予告し、本多繁邦がその転生者らしき人物と四部作(1.2.3.4)ののちの作品では関わっていきます。

 四部作(1.2.3.4)の最後に至っても転生者が現れたのかどうかは分からず、また綾倉聡子と誰かが結ばれることもありません。

 いつまでも清顕の青春の幻影を追い求め続けるまま時間ばかりを重ねてしまう展開や、視点人物の設定の仕方はフルニエ『モーヌの大将』を連想させます。

タイトルと老い

 タイトルの天人五衰とは仏教用語で、六道最高位の天界にいる天人の死の直前に現れる5つの兆しです。

 つまるところ聖なるものの老いを象徴するタイトルで、綾倉聡子の老いや、悪魔的な美青年の安永透の衰退を示します。

 全体的に『浜松中納言物語』が踏まえる『源氏物語』の後半の光源氏の加齢の展開を意識している感じです。またプルースト『失われた時を求めて』の影響も顕著で、そこでも描かれる時の破壊効果を描きます。

ファムファタル的な安永透

 本作で物語の中心になる転生者は安永透です。美青年ですが、コクトー『恐るべき子供たち』のダルジュロスのような、悪魔的な性格のキャラクターです。マン『ヴェニスに死す』の美青年にも似て、周囲を破滅させる、ファムファタールの男版です。

 他方でこの安永透は人間らしい部分もあって、最終的にはアイデンティティの悩みから自分に絶望し廃人のようになってしまいます

物語世界

あらすじ

 76歳の本多は妻を亡くし、久松慶子と暮らします。本多は、天人伝説の伝わる三保の松原に行き、清水港の帝国信号通信所で、少年・安永透に出会います。彼の左の脇腹には3つの黒子があります。本多は透を清顕の生まれ変わりと考え、養子にします。そして英才教育を施し、清顕や勲のように夭折しないよう気を配ります。

 透は次第に悪魔的になり、婚約者の百子を陥れて婚約破棄にする。やがて本多にも危害を加えます。ストレスから本多は、公園でのアベック覗き見をして、警察に取り押さえられ、醜聞になります。透は、本多を準禁治産者にしようとし、本多家を支配しようとします。

 久松慶子は透を呼び出し、本多が透を養子にした根拠の3つの黒子にまつわる転生の話をし、透は贋物だと批判します。慶子は、透がなれるのは陰気な相続人だけと言いました。

 傷ついた透は、清顕の夢日記を本多に借りて読んだ後、それを焼いて服毒自殺をしようとし、未遂になって失明します。事情を知った本多は慶子と絶交するのでした。
 透は大学をやめ、穏やかに暮らします。狂女の絹江と結婚して彼女の言いなりになり、頭に花を飾って天人五衰のようになります。やがて、絹江は妊娠します。

 本多は死期を悟り、月修寺へ尼僧門跡となった聡子を訪ねます。門跡になった聡子は、清顕を知らないと言います。

 夏の日ざかりの庭を前にし、本多は何もないところへ来てしまったと思います。

参考文献

安藤武『三島由紀夫の生涯』

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