始めに
三島由紀夫『わが友ヒットラー』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ジャン=コクトー、ラディゲ流の新古典主義。シュルレアリスム
三島由紀夫は私淑したラディゲ(『ドルジェル伯の舞踏会』『肉体の悪魔』)、コクトー(『恐るべき子供たち』)流の新古典主義が特徴です。端正な線で対象を流離に描く姿勢はここでも発揮されています。
ラディゲはコクトーなどのモダニスト、シュルレアリストと親交があって、前衛的な文学的潮流と接触していたものの、本人はフランスの心理小説(コンスタン『アドルフ』、ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』)やロマン主義文学(ミュッセ)に習いつつ、古典的な小説スタイルでもって小説を展開していきました。『ドルジェル伯の舞踏会』もクラシックな心理小説『クレーヴの奥方』の翻案として、王宮文学としてのメロドラマを展開します。
心理劇としてのデザイン
三島由紀夫の心理劇はまた、オスカー=ワイルド、スタンダール(『赤と黒』『パルムの僧院』)、谷崎潤一郎の心理劇の影響が顕著です。
オスカー=ワイルドはシェイクスピアなどのイギリス=ルネサンス演劇にならった古典的なスタイルの喜劇に秀でていて、代表作は4大喜劇(『真面目が肝心』『ウィンダミア卿夫人の扇』『理想の夫』『つまらぬ女』)と呼ばれます。そのジャンルではノッてるときはシェイクスピアと並びます。
スタンダールはシェイクスピアが好きで、そこから『赤と黒』『パルムの僧院』などのメロドラマを展開しました。
谷崎潤一郎はワイルド、スタンダール、バルザックなどから影響され創作に演劇的な背景をたたえつつメロドラマを展開していきました。しかし、川端もそうですがウェルメイドな戯曲や中間小説では三島には遠く及ばず、演劇の創作からははやくに距離を置いています。
三島由紀夫はこうした演劇的な背景をもつ作家の創作によく学んで、物語の設定や因果的連なりをデザインする手腕を獲得していきました。
長いナイフの夜
物語はナチスにおける長いナイフの夜事件がモデルなのですが、実際の経緯と作品に描かれる内容は結構相違があります。戯曲ではヒトラーの一存で目的のために用済みになった忠臣レームを粛清した、みたいな描かれ方ですが、そうではありません。党幹部、党内の他組織、国軍、警察と突撃隊 (SA)の衝突から突撃隊 (SA)の粛清が決行され、ヒトラー自身は盟友であるレームの処刑に最後の最後までためらいがありました。
1931年以来、突撃隊 (SA) を指導していたのが突撃隊幕僚長エルンスト=レームで、突撃隊 (SA)を新たな正規軍とする事を望み、ヒトラー内閣で国防大臣として入閣すると信じていたものの、当初閣僚に加えられず、1933年12月に無任所大臣として入閣します。ヒトラーへ失望したレームは、「第二革命」をとなえてヒトラーや軍部を攻撃し続けました。ヒトラーは懐柔しようとするものの、1934年代になるとレームのヒトラーへの攻撃姿勢は露骨になり、部下の突撃隊員も各地で「第二革命」を叫び、プロイセン的な価値観やユダヤ教・キリスト教などのドイツの伝統的宗教を盛んに攻撃し、軍部と対立しました。
政権を握ったヒトラーは国軍との連携を必要として、ナチスの私兵であるレーム率いる突撃隊 (SA) への対応が迫られたものの、レームの粛清に乗り気でないヒトラーは、まずは国軍と突撃隊を和解させようとして、1934年2月28日国防省幹部と突撃隊幹部を国防省に集め、両者に和解を求め、一応の和解をするものの、レーム達突撃隊幹部は協定を守らず、国軍と突撃隊は衝突し続け、ライヒェナウなどの国軍幹部は突撃隊の粛清を企む親衛隊 (SS) に接近していきます。
親衛隊 (SS) の中でも最初に突撃隊幹部の粛清を立案したのは、親衛隊諜報部 (SD) 部長ラインハルト=ハイドリヒで、根気強くヒムラーを説得しました。粛清対象者のリスト作成の実質的責任者もハイドリヒで、ハイドリヒは反ナチ分子をここで粛清しようとします。
またゲーリングがナチス政権の誕生後、プロイセン州内相となり、ゲシュタポなどプロイセン州警察を指揮していたものの、しかし突撃隊員の警察高官は指揮権の障害で、レームとゲーリングの仲は険悪でした。
突撃隊問題に曖昧な態度をとるヒトラーに粛清を決意させるため、ヒムラー、ハイドリヒ、ゲーリングらは突撃隊の「武装蜂起計画」をでっち上げ、1934年4月下旬から5月末にかけてハイドリヒが武装蜂起の証拠収集と偽造を行います。武装蜂起の噂を重く受け止めたパウル=フォン=ヒンデンブルク大統領と国防相ヴェルナー=フォン=ブロンベルクは、1934年6月21日にヒトラーに突撃隊問題が解決できないなら、ヒトラーの権限を陸軍に移すと通告したため、粛清を実行するしかなくなります。
6月30日の粛清が終わっても突撃隊幕僚長レームはミュンヘンのシュターデルハイム刑務所に投獄されて生きていました。しかし7月1日正午前にはヒトラーもゲーリングとヒムラーの説得に折れ、ダッハウ強制収容所所長テオドール=アイケに連絡し、レームに一度自決の機会を与えたうえで処刑することを命じました。
脚色の方向性
戯曲の登場人物は、アドルフ=ヒトラー、エルンスト=レーム、シュトラッサー、グスタフ=クルップのみに絞られています。
突撃隊幕僚長レームはヒトラーを友と盲信する右翼軍人、社会主義者のシュトラッサーはナチス左派、エッセン重工業地帯の独占資本の代表格鉄鋼会社社長のクルップはヒトラーに取り入る成り金です。
これにより、党幹部、SSなど党内の他組織、国軍、警察と独自路線を追求する突撃隊 (SA)の衝突から、譲歩を重ねる中でいよいよ引けなくなったヒトラーに粛清された、というのではなくて、大衆消費社会の権化である独占資本と結託し、世論に合致する中道路線を目指す冷酷なヒトラーが忠臣のレームを処断した、という脚色になっています。
シュトラッサ―は左翼、レームは右翼の代表で、中道を重んじブルジョワジーに迎合する、理想なき暴君をヒトラーとして設定しており、レームは自らの理想を信じ、ヒトラーを盟友として盲信する存在として描かれています。
傾向として当人の横暴や逆恨みや暴走を矮小化し、レームを極端に美化する印象が強く、三島由紀夫が1968年10月5日から盾の会による反動的な反社会的活動にいそしんでいた時期の本作(初出 『文學界』1968年12月号、単行本は1968年12月10日)であったところ、そんな自分とレームを重ねていたと思われます。
物語世界
あらすじ
第1幕
1934年6月。ベルリン首相官邸の大広間。奥にバルコニーがあります。
前年に政権を得て首相となったナチス党党首のヒットラーが演説しています。官邸に呼ばれた突撃隊幕僚長こレームとシュトラッサー、そして鉄鋼会社社長のクルップはそれぞれヒットラーと対話します。
第2幕
翌朝。ベルリン首相官邸の大広間。
朝食後、ヒットラーは、レーム率いる突撃隊に休暇をとるように勧めます。ヒットラーは、現大統領が死んで自分が大統領になるまでの間、病気を装い休戦しろとレームに命じます。今や正規軍を指揮するヒットラーは、ナチスの私兵の処分を考えていました。
それを知らないレームはヒットラーに厚い友情を抱き、権力の実質は若者の筋肉で、自分はそれをお前のためにだけ保持し、お前のためにだけ使おうとしていると言い、去るのでした。
レームとの会話を盗み聞きし、ヒットラーの意図に気づいたクルップが現れ、君の暗い額にひらめいたのは嵐の兆だと、ヒットラーを持ち上げます。
ヒットラーの心中を感づいていたシュトラッサーはレームに、ヒットラー抜きの政権を目指す策略案を提案します。さもないとヒットラーに殺されると話します。
しかしあくまでレームは、ヒットラーを裏切る行動に加担できないと断ります。
第3幕
1934年6月30日夜半。ベルリン首相官邸の大広間。
レームとシュトラッサーを「長いナイフの夜」で粛清した後の眠れぬ夜、ヒットラーはクルップを呼び出します。粛清を正当化しつつ、クルップが、左を斬り、返す刀で右を斬ったとヒトラーを讃えると、ヒットラーは政治は中道を行かなければいけないと言います。



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