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モーム『月と六ペンス』解説あらすじ

サマセット=モーム
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始めに

モーム『月と六ペンス』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

モーパッサンなどの影響

 モームは初期は特にモーパッサンの影響が顕著で、シニカルでシャープな短編のスタイルにはとくにその影響が見えます。

 ほかにも英文学を特徴づけるスペインピカレスクのモードや、風刺性を踏まえていて、スウィフトの辛辣なパロディとの類似性が見えます。

 よく知られたエッセイ『世界の十大小説』では、フィールディング『トム=ジョーンズ』、オースティン『傲慢と偏見』、スタンダール『赤と黒』、バルザック『ゴリオ爺さん』、ディケンズ『デイヴィッド=コッパーフィールド』、フロベール『ボヴァリー夫人』、メルヴィル『白鯨』、エミリー=ブロンテ『嵐が丘』、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』、トルストイ『戦争と平和』を挙げて十大小説としていて、ピカレスク、リアリズム、ロマン主義、写実主義、保守主義的なテイストへの評価が見えます。

ゴーギャンの虚像と実像

 本作のストリックランドはフランス人芸術家ポール=ゴーギャンをモデルにしています。しかし反社会的で狂気を秘めた鬼才としてのストリックランドは、ゴーギャンの人生よりも、ゴーギャンについて回った武勇伝や伝説やイメージをもとに脚色した印象が顕著です。

 実際のゴーギャンは、印象派の画家たちと定期的に作品を発表し、多くの芸術家と親しくしていました。ゴーギャンは株式仲買人として働き、キャリアを積んだり美術界でうけた攻撃のために二度タヒチに向かっています。また妻のメットとも破局しています。

 全体的にゴーギャンと一致する部分も多くあるものの、ストリックランドはゴーギャンの伝説的イメージから、狂気に取り憑かれた天才としてのアーティストをモームが創造した印象です。

物語世界

あらすじ

 作家である私は、ストリックランド夫人のパーティーに招かれたことからチャールズ=ストリックランドと知り合います。ストリックランドはイギリスの証券会社で働いていたものの、ある日家族を残して消えました。

 私は夫人に頼まれ、ストリックランドがいるというパリへ向います。私がストリックランドのもとへ向かうと、駆け落ちしたといわれていた女性の姿はなく、一人で貧しい生活を送っていました。話を聞くと絵を描くために生活を捨てたというのでした。私は彼を批判するものの、彼は平気でいます。

 夫人は私から話を聞くと悲しむものの、やがてタイピストの仕事を始めて自立します。

 それから5年後、私はパリで暮らしています。以前にローマで知り合った三流画家のダーク=ストルーヴのもとを訪れ、彼がストリックランドの才能に惚れ込んでいることを知ります。ストルーヴに連れられストリックランドと再会するものの、相変らず貧しい暮らしをしています。それから私は何度かストリックランドと会ったものの、その後絶縁状態になります。

 クリスマスを前にしたある日、ストルーヴとともにストリックランドのアトリエを訪れると、重病を患っていました。ストルーヴが彼を自分の家に引き取ろうとすると、妻のブランチは反対します。しかし夫に説得されてストリックランドの看病をするうちにブランチは彼に好意を寄せ、ついには夫を棄ててストリックランドに付き添うものの、愛情を受け入れてもらえなかったために服毒自殺します。

 妻の死を知ったストルーヴは、ストリックランドへの敬意を失うことなく、故郷のオランダへと帰ります。私はストリックランドに会って彼を再び咎めますが、その後私が彼と再会することはありませんでした。

 ストリックランドの死後、私は用事でタヒチを訪れ、そこでストリックランドと一緒に仕事をしていたというニコルズ船長に出会い、船乗りの仕事をしていた時のことを聞きます。また貿易商のコーエンはストリックランドを自分の農場で働かせていたことを話し、宿屋のティアレは彼にアタという妻を斡旋したことを話します。それから彼の家に泊まったことのあるブリュノ船長は、ストリックランドの家の様子を話し、医師のクートラはストリックランドがハンセン病に感染した晩年のことを語り、彼の遺作は遺言によって燃やされたとしています。私はクートラ医師の所有するストリックランドの果物に恐怖を感じます。

 ロンドンに帰った私は彼がどのような生涯を過ごしたのかを伝えようとして、ストリックランド夫人に再会します。タヒチでのストリックランドのことを話し終えた私の頭には、彼がアタとの間に儲けた息子が、大海原で船を操っている姿が浮かびます。

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