始めに
トルストイ『戦争と平和』解説あらすじを書いていきます。
語りの構造、背景知識
リアリズムとリベラリズム(ツルゲーネフ、ディケンズ、スターン、ルソー)
トルストイはディケンズ(『ディヴィッド=コッパーフィールド』)やツルゲーネフ(『猟人日記』)などからの影響が顕著で、そこから独自のリアリズム描写とリベラリズム的な発想を構築しました。またルソーの自由主義の影響も顕著で、そこから戦争経験を経て農奴制と戦争への批判的な姿勢が生まれました。
また『トリストラム・シャンディ』のスターンからの影響も顕著で、ロマン主義的なテイストに影響が見え、『トリストラム・シャンディ』のような非線形の語りを『クロイツェル=ソナタ』でも展開します。本作でも大ボリュームの登場人物や歴史的背景を『トリストラム・シャンディ』さながらの脱線を繰り返し語ります。
保守主義、プラグマティズム
トルストイ『戦争と平和』はナポレオン戦争を描いた戦記文学として知られています。トルストイ自身もクリミア戦争における従軍経験があり、それに由来する反戦思想と農奴制への批判的な発想が起こりました。カフカース地方での生活とクリミア戦争への従軍経験が民衆の偉大さを発見し、それを搾取する構造を持つ戦争という事象と、農奴制に抗いました。トルストイはルソーの自由主義思想の影響も大きく、それが反戦にもつながっていると思われます。
このような、民衆という存在と彼らの実践に立脚する保守主義、プラグマティックな思想がトルストイ文学のルーツです。
本作品はそのようなナポレオン戦争とそれに翻弄される人々の姿を描きます。圧倒的な筆力を持って綴られる歴史絵巻は圧倒的な迫力です。
作品のテーマ
物語の最後にエピローグがあって、それがトルストイの評論になっていて、作品のテーマを伝えます。
19世紀のGreat man theoryでは、歴史的出来事は「英雄」やその他の偉大な個人の行動の結果であると主張しているものの、むしろ歴史的出来事は、関与する何千人もの個人によって引き起こされた多くの小さな出来事の結果であるとします。そして、これらの小さな出来事は必然性と自由意志の関与の結果であり、必然性は理性に基づいているため歴史的分析によって説明できるものの、自由意志は意識に基づいているため予測できないとします。
自由意志と必然性との間の緊張について、不合理さを避けるために、歴史科学も人間の行動の必然的な法則という概念をある程度受け入れなければならないと結論付けます。私たちは自分だけに影響を与える恣意的な行為において最も自由ですが、倫理など他の人々に影響を与える行為においては自由度が低いとします。
まとめると、歴史の出来事はある種のシステムと多様性を孕むエージェントの選好、行動の集合の相互作用で展開され、後者は予測困難でも、前者に規定される部分もあるため、前者の構造を把握すれば、歴史的因果について構造的見通しを考えられるとしています。
『戦争と平和』というテクストは、ナポレオンという英雄とそのほかの数多くの民衆の生を対比的に描き、歴史を作るのはむしろ後者の方が重要な役割を果たしていると捉え、その集合行為のなかでテクストを展開し、現実の歴史を構造的に捉えようとしていきます。
三つの貴族の家系、三人の貴族の物語
ロシア貴族の3つの一族(ボルコンスキー公爵家、ベズーホフ伯爵家、ロストフ伯爵家)を中心に描き、ピエール=ベズーホフとナターシャ=ロストワは、自由な恋と新しい時代の到来を描きます。ピエールはトルストイの分身としての側面が強く、従軍により農民の偉大さをトルストイ同様に発見し、自己を見つめ直します。
ニコライ=ロストフとマリア=ボルコンスカヤのカップルも、未来への希望を感じさせます。ニコライは破産寸前の家族を維持する必要があり、金銭目的で女性と結婚するのは嫌でしたが、マリアへの愛は本物で二人は結ばれます。ニコライはもともとソーニャと惹かれあっていましたが、家のために彼女をあきらめます。
マリアの兄アンドレイ=ニコラエヴィチ=ボルコンスキーは、妻リーゼが出産中に亡くなっているのを知り、アンドレイは彼女をもっと大切に扱わなかった罪悪感に苛まれます。彼の子供ニコレンカはなんとか生き延び、その後、ナターシャ=イリイリチナ=ロストフと惹かれあうものの、婚約を反故にされてしまいます。モスクワでの戦闘でアンドレイは瀕死になり、最後にナターシャを許し、遺児ニコレンカはニコライに引き取られます。
ピエール、ニコライ、アンドレイが主人公格で、そこにヒロインやサブプロットが無数に派生していきます。
物語世界
あらすじ
第一巻
1805年7月、サンクトペテルブルクで、マリア=フョードロヴナ皇后の侍女で親友のアンナ=パヴロヴナ=シェーラーが催す夜会。ピエール(ピョートル=キリーロヴィチ)=ベズーホフは裕福な伯爵の私生児です。母の死後、父の金で海外で教育を受けたピエールは、心優しいものの社交性はなく、ペテルブルクの社会に溶け込めません。
夜会には、ピエールの友人で、社交界の寵児リーゼの夫であるアンドレイ=ニコラエヴィチ=ボルコンスキー公爵も出席しています。アンドレイはペテルブルグの社会と結婚生活に幻滅し、そこから逃れるために、 ナポレオンとの戦争(アウステルリッツの戦い)に参加しようとしており、ミハイル=イラリオノヴィチ=クトゥーゾフ公爵の副官になることをピエールに告げます。
ロシアの旧首都モスクワ。イリヤ=アンドレーエヴィチ=ロストフ伯爵とナタリア=ロストヴァ伯爵夫人は愛情深い夫婦ですが、経済的に不安定です。二人には4人の子供がおり、13歳のナターシャ(ナタリア=イリイニチナ)は、将校として軍に入隊しようとしている若者ボリス=ドルベツコイに恋をしています。ボリスの母親はアンナ=ミハイロヴナ=ドルベツカヤで、ナタリア=ロストヴァ伯爵夫人の幼なじみです。ボリスはピエールの父ベズーホフ伯爵の名付け子でもあります。 20 歳のニコライ=イリイチ=ロストフは、ロストフ家に育てられた孤児で15 歳の従妹ソーニャ (ソフィア=アレクサンドロヴナ) に愛を誓います。長女のヴェラ=イリイニチナは、ロシア系ドイツ人将校のアドルフ=カルロヴィチ=ベルクとの結婚がなされそうです。9 歳のペーチャ (ピョートル=イリイチ) は末っ子で、兄と同じく衝動的で、成人したら軍隊に入隊したいと思っています。
ボルコンスキー家の田舎の領地であるボールドヒルズでは、アンドレイ公爵が戦争に出発し、怯える妊娠中の妻リーゼを、父ニコライ=アンドレーエヴィチ公爵と信仰心の厚い妹マリア=ニコラエヴナ=ボルコンスカヤに預けます。マリアは父への忠誠心と、その若者が自分に不貞を働くのではないかという疑いから、裕福な貴族の息子との結婚を拒否します。
シェーングラベルンの戦いで、軽騎兵隊の少尉となったニコライ=ロストフは、初めて戦闘を経験します。ボリス=ドルベツコイはニコライをアンドレイ公爵に紹介するものの、ニコライは衝動的に彼を侮辱します。ニコライは皇帝アレクサンドルのカリスマ性に深く惹かれます。またニコライはギャンブルをし、上官のワシリー=ドミトリッヒ=デニーソフと親交を深め、冷酷なフョードル=イワノビッチ=ドーロホフと親しくなります。ボルコンスキー、ニコライ、デニーソフは、悲惨なアウステルリッツの戦いに巻き込まれ、アンドレイ公爵はロシア軍の軍旗を救出しようとして重傷を負います。
アウステルリッツの戦いで、アンドレイ公爵はフランス軍の手に落ち、英雄であるナポレオンに出会うものの、幻想を打ち砕かれます。
第二巻
ニコライ=ロストフは、パブログラード連隊の将校である友人のデニソフに付き添われてモスクワに休暇で戻ります。ナターシャは若く美しい女性に成長し、デニソフは彼女に恋をして結婚を申し込んで断られます。ニコライはドーロホフと出会い、友人として親しくなります。ドーロホフはニコライの従妹のソーニャに恋をしますが、彼女はニコライに恋をしていたため、ドーロホフのプロポーズを断ります。
恨みを抱いたドーロホフはニコライにトランプを挑み、ニコライは毎回負け続け、43000ルーブルの借金を抱えます。母親はニコライに、家族を窮地から救うために裕福な相続人と結婚するよう懇願しますが、ニコライは断ります。その代わりに、幼少期に憧れていた孤児の従妹で、持参金のないソーニャと結婚することを誓います。
ピエール=ベズーホフは、ついに父の莫大な遺産を相続します。間違っていると知りながらも、彼はクラーギン公の美しくも不道徳な娘エレーヌ(エレーナ=ヴァシリエヴナ=クラーギン)との結婚を説得されます。兄アナトーリと近親相姦関係にあると噂されているエレーヌは、ピエールに、自分は彼との間に子供を持つつもりはないと告げます。エレーヌはまた、人ドーロホフと不倫関係にあると噂されます。ピエールはドーロホフに決闘を申し込み、ピエールはドーロホフを怪我させます。
エレーヌは不倫を否定するものの、ピエールは彼女の罪を確信し、彼女のもとを去ります。精神的に混乱したピエールは、フリーメイソンに入会します。
アンドレイ=ボルコンスキー公爵は軍病院で致命傷から回復し、帰宅するものの、リーゼが出産中に亡くなっているのを知ります。アンドレイは彼女をもっと大切に扱わなかった罪悪感に苛まれます。彼の子供ニコライはなんとか生き延びました。
ピエールと妻エレーヌは和解し、エレーヌは、ペテルブルグの社交界で影響力を得ます。
アンドレイ公爵は、新しく書いた軍事的見解をサンクトペテルブルクに持ち帰ろうとします。サンクトペテルブルクにいる若いナターシャは、舞踏会でアンドレイ公爵と出会い、アンドレイは、人生の目的を再び見つけたと信じ、ロストフ家を何度か訪問した後、ナターシャに結婚を申し込みます。しかし、アンドレイの父はロストフ家を嫌っており、結婚に反対し、2人は結婚するまで1年待つよういいます。
アンドレイ公爵は傷を癒すために海外へ出発し、ナターシャは混乱します。ロストフ伯爵は、ナターシャの嫁入り道具の資金を集めるために、ナターシャとソーニャをモスクワに連れていきます。
ナターシャはモスクワのオペラハウスを訪れ、そこでエレーヌと彼女の兄アナトーリに出会います。アナトーリはポーランド人女性と結婚していました。アナトーリはナターシャに強く惹かれ、彼女を誘惑しようと決意し、妹と共謀します。アナトーリはナターシャに愛していると信じ込ませ、駆け落ちの計画を立てます。ナターシャはアンドレイの妹マリアに婚約を破棄する手紙を書きます。
しかしソーニャは駆け落ちの計画に気づき、それを阻止する。ナターシャはピエールからアナトーリが結婚していることについて聞きます。打ちのめされたナターシャは自殺を図り、重病になります。
ピエールは次第にナターシャに恋していることに気づきます。1811年から1812年にかけての大彗星が空を横切ると、ピエールの人生は変化し、ナターシャに告白します。アンドレイはナターシャの婚約破棄を受けて、ピエールに、自分のプライドからもう婚約を再開する気はないことを伝えます。
第三巻
家族の助けと宗教的信仰により、ナターシャはモスクワで暗黒時代を乗り切ります。ピエールはゲマトリアを通して、ナポレオンはヨハネの黙示録の反キリストであると感じます。
老いたボルコンスキー公爵は、フランスの侵略者が自分の領地を狙っていることを知り、脳卒中で亡くなります。ニコライ=ロストフが領地を訪れ、起こりつつある農民反乱を鎮圧するのを手伝います。彼はマリアに惹かれます。
モスクワに戻ると、愛国心の強いペーチャは、皇帝アレクサンドルの謁見の群衆に加わり、皇帝が聖母被昇天大聖堂のバルコニーの窓から投げたビスケットを手に入れます。ペーチャの父親はついに彼の入隊を許可します。
ピエールはモスクワを離れ、ボロジノの戦いに加わり、弾薬運搬に関わり、戦争による死と破壊を直接体験します。ウジェーヌの砲兵隊はロシア軍の支援縦隊を激しく攻撃し続け、一方ネイ元帥とダヴー元帥はセミョーノフスカヤ高地に配置された砲兵隊と十字砲火を仕掛ます。
戦いは膠着状態に終わります。しかしロシア軍は、無敵のナポレオンの軍隊に立ち向かうことで、精神的勝利を収めます。ロシア軍は翌日撤退し、ナポレオンはモスクワを占領します。犠牲者の中にはアナトーリ=クラーギンとアンドレイがいます。アナトーリは片足を失い、アンドレイは腹部に手榴弾の傷を負います。
ロストフ家は、クトゥーゾフがモスクワを越えて撤退したことが明らかになった後も、モスクワから逃げるのを最後までためらいます。ロストフ家は、何を持っていくか決めるのに苦労するものの、最終的に、ナターシャは、ボロジノの戦いで負傷した人や瀕死の人を荷車に積むよう説得します。そのときアンドレイ公爵が負傷者の中にいました。
ナポレオン軍がついに廃墟となり燃え上がるモスクワを占領すると、ピエールはナポレオンを暗殺しようとします。そんなピエールが目にしたのはモスクワを去るナターシャとその家族でした。ナターシャは彼に気づいて微笑みかけ、彼女からの愛を意識します。
ピエールは、ピエールの亡くなった友人の家に入ったフランス人将校の命を救います。
翌日、ピエールは暗殺計画を再開するために街に出ます。彼は燃えている家から少女を救出し、その後、アルメニア人家族を強盗しているフランス兵二人に遭遇します。兵士の一人が若いアルメニア人女性の首からネックレスをもぎ取ろうとしており、ここでピエールは兵士たちを攻撃し、フランス軍の捕虜となります。
第四巻
捕らえられた後、プラトン=カラタエフと友達になります。カラタエフの中に、ピエールはついに自分が探していたもの、まったく偽りのない、正直で誠実な人柄を見いだし、精神的感化を受けます。
ピエールは、ロシアの厳しい冬の中、モスクワからの悲惨な撤退の際に大陸軍とともに行軍することを余儀なくされます。数か月の苦難の後、熱病にかかったカラタエフはフランス軍に射殺されたものの、ピエールはついに、フランス軍との衝突で若いペーチャ=ロストフが戦死した後、ドーロホフとデニソフ率いるロシアの襲撃隊によって解放されます。
一方、アンドレイはモスクワからヤロスラヴリに逃れ、ロストフ家に保護されます。ナターシャと妹のマリアと再会、死ぬ前にナターシャを許します。
ピエールの妻エレーヌが堕胎薬の過剰摂取で亡くなります。勝利したロシア軍がモスクワを再建する中、ピエールはナターシャと再会します。ナターシャはアンドレイ公爵の死とピエール=ド=カラタエフの死について語ります。
エピローグは、1813 年のピエールとナターシャの結婚式から始まります。ニコライは家族の財政を心配し、ペーチャの死を聞いて軍を去ります。
ロストフ家の没落を考えつつも、アンドレイの妹のマリア=ボルコンスカヤとの結婚に不安を感じますが、再会したとき、2 人はお互いに愛を感じています。ロストフ伯爵はすぐに亡くなり、借金まみれの領地をニコライが引き継ぎます。ソーニャをあきらめ、金銭目的で女性と結婚するのは嫌でしたが、マリアへの愛から結婚します。
その後、ニコライとマリアは、ニコライの母とソーニャとともに、彼女が相続したボールドヒルズの領地に移り、ニコライは残りの人生でソーニャを養います。ニコライとマリアは子供をもうけ、アンドレイ公の孤児の息子、ニコライ=アンドレーエヴィチ(ニコレンカ)=ボルコンスキーも育てます。
ピエールとナターシャ、ニコライとマリアのカップルは献身的に愛し合っています。ピエールとナターシャは 1820 年にボールド=ヒルズを訪れます。
理想主義的で少年のようなニコレンカとピエールがデカブリスト蜂起に参加することがほのめかされます。そしてニコレンカが亡き父も満足するようなことをすると約束します。
エピローグの後半には、トルストイによる文明批評が展開されます。19世紀のGreat man theoryでは、歴史的出来事は「英雄」やその他の偉大な個人の行動の結果であると主張しているが、トルストイは、むしろ歴史的出来事は、関与する何千人もの個人によって引き起こされた多くの小さな出来事の結果であるとします。そして、これらの小さな出来事は必然性と自由意志の関与の結果であり、必然性は理性に基づいているため歴史的分析によって説明できるものの、自由意志は意識に基づいているため予測できないとします。
トルストイはまた、ダーウィニズムを揶揄します。自由意志と必然性との間の緊張に取り組み、時には前者は後者を破壊するだろうとします。それでも不合理さを避けるために、歴史科学も人間の行動の必然的な法則という概念をある程度受け入れなければならないと結論付けます。
私たちは自分だけに影響を与える恣意的な行為において最も自由ですが、他の人々に影響を与える行為においては自由度が低いとします。
参考文献
・藤沼貴『トルストイの生涯』(第三文明社,2019)




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