始めに
H.G.ウェルズ『アン=ヴェロニカ』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
SFのルーツ
ウェルズはSFの先駆的作家とされます。
プラトンの『国家』、トマス・モアの『ユートピア』、ダニエル・デフォーの作品など、多くの古典作品から刺戟されて、創作にフィードバックしました。
メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』などからも刺激され、独自のSFフィクションをものしました。
進化論の影響
トマス・ヘンリー・ハクスリーの下で生物学を学び、進化論はウェルズの人生に影響を与え、作品のテーマになり続けました。
ウェルズは、人間が進化によって野蛮へと堕落してしまうことを懸念し、それを理性と科学によって克服したいと願いました。
本作もウェルズらしい側面として、生物学的な視点も含まれています。人間も生物の一種であるという科学的な視点が、古い道徳観をどう打ち破るか。アン=ヴェロニカが学ぶ生物学は、単なる学問ではなく、彼女が世界を客観的に捉え、偏見から自由になるための武器として機能しています。
家父長制批判
20世紀初頭、ヴィクトリア朝時代の家父長制がまだ根強く残っていた時代です。父親の支配下にある家を飛び出し、自分の足で立ち、自分の頭で考える女性の姿を描いています。アン=ヴェロニカは、大学で生物学を学びたいという知的な欲求を持ち、経済的・精神的な独立を求めます。これは当時の理想的な淑女像への真っ向からの挑戦でした。
物語の中盤では、当時のイギリスで激化していた女性参政権運動が描かれます。 政治的権利の獲得と、そのための直接行動の是非が描かれます。実際にアン=ヴェロニカがデモに参加し、逮捕されて刑務所に入るエピソードが含まれています。ウェルズは単なる理想論ではなく、運動の過酷さや内部の葛藤もリアルに描きました。
社会的な契約よりも、個人の感情や情熱を優先させる自由恋愛が描かれます。アン=ヴェロニカは、妻子ある年上の生物学者キャップスと恋に落ち、彼と一緒にアルプスへ駆け落ちします。耐え忍ぶ女性ではなく、自分の欲望に正直に、主体的にパートナーを選ぶ女性を描いた点は、当時の文学界にとって極めて衝撃的でした。
物語世界
あらすじ
ロンドン郊外で厳格な父と暮らすアン=ヴェロニカは、知的好奇心にあふれる大学生。しかし、保守的な父は彼女がロンドンの仮装舞踏会に行くことすら禁じ、学問よりも良家の子女としての振る舞いを強要します。
我慢の限界に達した彼女は、わずかな手資金だけを持って家を飛び出し、ロンドンで一人暮らしを始めます。
自立を夢見た彼女を待っていたのは、厳しい現実でした。貯金が底をつき、女性が一人で生きていくことの難しさを痛感します。資金を援助してくれた年上の男ラマッジが、下心を持って自分を支配しようとしていることに気づき、激しい嫌悪感を抱きます。
現状を変えるため、彼女は女性参政権運動(サフラジェット)に身を投じます。議事堂への乱入事件に参加し、逮捕され、刑務所での独房生活も経験します。
運動にも限界を感じた彼女が最後に見出したのは、大学の生物学講師であるキャップスへの愛でした。しかし、キャップスは妻子ある身です。当時の常識では、彼への想いは不道徳そのものでした。
ここでアン=ヴェロニカが凄いのは、自分から彼に愛を告白し、一緒に逃げることを提案します。二人は周囲の反対とスキャンダルを押し切り、アルプスへと駆け落ちします。
物語の最後、数年の月日が流れ、二人は社会的に認められた夫婦としてロンドンに戻ります。彼女はかつて自分を勘当した父とも和解し、自分の意志で勝ち取った幸せの中に身を置きます。



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