PR

H.G.ウェルズ『ブーン』解説あらすじ

H.G.ウェルズ
記事内に広告が含まれています。

始めに

 H.G.ウェルズ『ブーン』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

SFのルーツ

 ウェルズはSFの先駆的作家とされます。

 プラトンの『国家』、トマス・モアの『ユートピア』、ダニエル・デフォーの作品など、多くの古典作品から刺戟されて、創作にフィードバックしました。

 メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』などからも刺激され、独自のSFフィクションをものしました。

進化論の影響

 トマス・ヘンリー・ハクスリーの下で生物学を学び、進化論はウェルズの人生に影響を与え、作品のテーマになり続けました。

 ウェルズは、人間が進化によって野蛮へと堕落してしまうことを懸念し、それを理性と科学によって克服したいと願いました。

H=ジェイムズ批判

​ 本作が文学史上で有名な理由は、当時の文豪ヘンリー=ジェイムズとの決別を決定づけたことにあります。ジェイムズが小説の形式や美的完成度を重視したのに対し、ウェルズは小説は社会を良くするための議論の場であるべきだと主張しました。

 ウェルズは作中で、ジェイムズの緻密すぎる文体を豆一粒を拾おうとして悪戦苦闘するカバに例えて揶揄しました。これが決定打となり、二人の長年の友情は崩壊しました。

進歩主義の理想と現実

 「種族の精神」という概念は、個々の人間を超えた人類全体の共同的な知性を指します。​ブーン(ウェルズの分身)は、人類が進化するためには、個人のエゴを超えた集団的な思考が必要だと説きました。​しかし、執筆当時の第一次世界大戦の勃発により、その知的な連帯がいかに脆く、理不尽な暴力に弱いかが冷笑的に描かれています。


​ ​作中のサブタイトル「悪魔の野驢馬(The Wild Asses of the Devil)」は、世界を破滅へと導く制御不能な衝動や政治的混乱を象徴しています。​合理的な対話や知性が、戦争という圧倒的な非合理によって踏みにじられていく様子に対する、ウェルズの深い絶望と皮肉が込められています。

物語世界

あらすじ

 物語は、レジナルド=ブリスという人物が、最近亡くなった高名な人気作家ジョージ=ブーンの遺稿を整理、出版するという体裁で始まります。​生前のブーンは、大衆向けの読みやすい作品で成功していましたが、実は裏で人類の知性(種族の精神)についての壮大で風刺的な未完の草稿を書き溜めていました。ブリスは、それらの断片的なメモや対話録を読者に提示していきます。


 ​ブーンの遺稿の大部分は、彼が友人たちと別荘で交わした哲学的な対話です。ブーンは、文学を単なる娯楽や美的な形式に閉じ込める当時の風潮を批判します。


 ここで実在の作家ヘンリー=ジェイムズをモデルとしたキャラクターが登場し、ブーン(ウェルズ)と激しい議論を戦わせます。ブーンは、ジェイムズのような緻密すぎる文体を中身のない豪華な大聖堂のように描き、もっと社会に対して生々しく機能する言葉が必要だと訴えます。


​ ​物語の後半、第一次世界大戦の影が忍び寄ると、ブーンの思考はより暗く、風刺的になっていきます。​悪魔の野驢馬は地獄から逃げ出した野驢馬たちが地上で暴れ回り、人々の理性を踏みにじって社会を混乱させるという寓話です。これは、当時の軍国主義やナショナリズムの暴走を象徴しています。


 天使ガブリエルが手違いで最後の審判のラッパを吹いてしまいますが、現代人はあまりに忙しく、また精神的に麻痺しているため、世界の終わりが告げられても誰も気づかないという痛烈な皮肉が描かれます。


​ ​戦争が勃発し、ブーンが夢見ていた人類の知的連帯の希望は打ち砕かれます。彼は深い絶望の中で、自らのプロジェクトを完成させることなくこの世を去ります。​語り手のブリスは、混乱した遺稿をそのまま提示することで、ウェルズが感じていた文明の脆さと知識人の無力感を浮き彫りにして物語を閉じます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました