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カルヴィーノ『木のぼり男爵』解説あらすじ

カルヴィーノ
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始めに

カルヴィーノ『木のぼり男爵』解説あらすじを書いていきます。

​背景知識、語りの構造

カルヴィーノの作家性

 カルヴィーノのキャリア後半において最も重要な影響を与えたのが、フランスの実験的文学集団ウリポ(潜在的文学工房)の創設者、レイモン=クノーです。形式的な制約を設けて小説を書く「コンビナトリア(組み合わせ)」の手法などを継承します。『宿命の交わる城』や『もし一人の冬の夜の旅人が』に見られる構造は、クノーとの交流から生まれました。

​ またボルヘスも、形式主義的実験において影響があります。加えて​カルヴィーノはイタリア文学の伝統、特にルネサンス期の詩人アリオストを熱愛していました。『狂えるオルランド』に見られる、軽やかさ、皮肉を継承しました。

 他にもカフカ、スティーブンソンのロマン主義の影響があります。

​ それからカルヴィーノは天文学者ガリレオを散文家として高く評価していました。他にもプロップの昔話の構造分析から影響があります。

​ カルヴィーノは『アメリカ講義(文学の六つのメモ)』の中で、これからの千年紀に残すべき価値として「軽やかさ」「速さ」「正確さ」などを挙げていますが、これらは彼が愛した上記の作家たちの美質でもあります。

木のぼりとリフレーミング

 物語の舞台は18世紀。理性が重んじられた啓蒙主義の時代です。コジモの行動は一見狂っていますが、その暮らしぶりは合理的で知的です。カルヴィーノは、当時の「理性を信じ、世界をより良くしよう」という楽観的な精神をコジモに託しつつ、同時にその限界や滑稽さも軽妙なタッチで描き出しています。

 主人公コジモは、地面(世俗)を離れて木の上で一生を過ごすことを決意します。しかし、彼は決して世捨て人になったわけではありません。地面に縛られている人々には見えない問題を、高い視点から冷静に観察します。彼は木の上から消火活動を手伝い、害獣を駆除し、啓蒙思想家と文通し、ナポレオンとも対話します。集団の中にどっぷり浸かるのではなく、一歩引いた独自の距離を保つことでこそ、真に社会に貢献できるという逆説的な哲学が示されています。

 ​コジモが木に登ったきっかけはカタツムリ料理を食べたくないという些細な反抗でした。しかし、それを一生続けるという厳格なルールに変えることで、単なるワガママが高潔な生き方へと昇華されます。彼は二度と地面に足をつけないという極めて不自由な制約を自分に課すことで、誰にも邪魔されない精神的な自由を手に入れました。他人の価値観に流されず、自分が決めた理屈を最後まで貫き通すことの難しさと美しさが描かれています。

物語世界

あらすじ

 18世紀後半、イタリアのリグーリア海岸にある架空の領地オンブローザを舞台にした、一生を木の上で過ごした男の数奇な一代記です。
​ ​

 1767年のある日、12歳の貴族の少年コジモは、厳格な父親が無理強いするカタツムリ料理を食べるのを拒否します。父との激しい口論の末、彼は庭の樫の木に登り、「もう二度と地面には降りない」と宣言しました。最初は単なる子供のわがままと思われましたが、コジモの本気は周囲の想像を超えていました。

 ​コジモは宣言通り、隣の木、そのまた隣の木へと移動し、一生を枝から枝へと渡り歩いて暮らすことになります。幸い当時のオンブローザは樹木が密に生い茂っており、彼は地面に触れずにどこへでも行くことができました。


​  木の上で寝るための寝床を作り、獲物を狩り、効率的な水飲み場やトイレまで考案します。地上の人々を見下ろすのではなく、木の上から本を読み、独学で哲学や科学を修めます。有名な思想家と文通し、さらにはあのナポレオンと対面して対等に言葉を交わすほど、その名はヨーロッパ中に知れ渡ります。

 山火事を防いだり、海賊を撃退したり、村人の手助けをしたりと、彼は「木の上」という独自の立ち位置から社会に貢献し続けます。

 ​やがて彼は隣家の令嬢ヴィオラと再会し、激しい恋に落ちます。ヴィオラは彼を愛していましたが、同時に自分のために木から降りてほしいという願いも持っていました。しかし、コジモにとって木から降りないことは自分の魂そのものでした。結局、二人は愛し合いながらも、価値観の違いから決定的な別れを迎えます。

 月日は流れ、コジモも老境に達します。病に伏し、死期を悟った彼は、たまたま上空を通りかかった熱気球から垂れ下がった錨の紐に飛びつきます。彼はそのまま空高くへと運ばれ、水平線の彼方へと消えていきました。

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