始めに
アゴタ・クリストフ『悪童日記』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
クリストフの作家性
クリストフに最も近い精神性を持つのがサミュエル=ベケットです。言語に対する不信感、不条理、絶望的な状況などを継承します。オーストリアの作家トーマス=ベルンハルトからも執拗な反復、悲観主義、自己破壊的なまでの文明批評を継承します。
グリム兄弟からの影響もあります。またアッティラ=ヨージェフというハンガリーの国民的詩人の影響もあります。
語りの構造
この物語のテーマは、言葉から嘘や主観を徹底的に剥ぎ取ることです。双子の少年たちは、日記をつける際に感情を表す言葉を一切禁じます。「おばあちゃんは親切だ」と書くのではなく、「おばあちゃんはぼくたちにパンをくれた」とだけ書くなどです。
戦争という不条理な世界において、意味の定まらない感情語は生存の邪魔であり、信じるに値しないという彼らの決意の現れです。
物語の大部分で、二人は「ぼくたち」という一人称複数形で語られます。彼らには個別の名前すら与えられず、二人で一つとして機能しています。ここには個人の喪失というテーマが隠れています。外部からの攻撃に耐えるために、彼らは個々の感情を殺し、一つの冷徹な生存機械へと変貌していくのです。
戦争は既存の道徳を無価値にします。彼らは盗みを働き、死を助け、人を操りますが、そこに罪悪感はありません。彼らにとっての正義とは、生き残ること、そして自分たちが決めたルールを守ることだけに集約されます。善悪の判断基準が社会から自分たちの生存へと完全に移行しています。
物語が進むにつれ、読者は彼らが書いている日記の内容は、本当に事実なのかという疑念に突き当たります。客観的に書くという行為そのものが、耐えがたい現実を直視しないための防衛本能ではないか。この書くことによる自己救済と、その限界も、クリストフが繰り返し描こうとした重要なテーマです。
物語世界
あらすじ
第二次世界大戦下のハンガリーと思われる国を舞台に、疎開した双子の兄弟が怪物へと成長していく過程が描かれます。
戦争が激しさを増す中、母親は双子の兄弟を田舎の祖母の家へ預けます。しかし、この祖母は村人から魔女と恐れられる不潔で強欲な人物でした。祖母は孫たちを歓迎せず、汚い言葉で罵り、労働の対価としてしか食事を与えません。
周囲の大人たちの悪意や暴力、飢え、そして戦争の残酷さにさらされた双子は、生き抜くために自分たちを改造することを決意します。彼らは自らに過酷な訓練を課します。
互いを殴り合い、痛みを感じない体を作る。罵り言葉を浴びせ合い、罵倒に動じない心を作る。 飢えに耐え、プライドを捨てる術を学ぶ。こうして彼らは、子供らしい感情や同情心を一切持たない、冷徹で有能な生存機械へと変貌していきます。
彼らは大きな日記に、日々の出来事を克明に記録します。そこには厳格なルールがありました。それは感情を排し、目に見える事実だけを書くというものです。この日記が、狂った世界における彼らの唯一の規範となります。
戦争が終わり、父や母が彼らを迎えに来ますが、すでに一つの個体として完成されていた双子にとって、親子の絆は無意味なものになっていました。物語の最後、彼らは国外へ脱出することを計画します。
しかし、国境には地雷原がありました。彼らは父を身代わりにして地雷を踏ませ、道が開いた瞬間、一人が国境を越え、一人が祖母の家に残るという選択をします。それまで二人で一つだった彼らが、初めてバラバラになる場面で物語は幕を閉じます。




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