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カルペンティエール『バロック協奏曲』解説あらすじ

カルペンティエール
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始めに

 カルペンティエール『バロック協奏曲』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ジョイス『フィネガンズ=ウェイク』

 カルペンティエールはモダニズムの作家ですが、この『パロック協奏曲』は、ジョイス『フィネガンズ=ウェイク』と、かなり共通のコンセプトを持っています。なのでまず『フィネガンズ=ウェイク』のテーマを解説します。

 『フィネガンズ=ウェイク』にて引用されるジャンバッティスタ=ヴィーコは著書『新科学』で歴史の循環論を提唱しました。ヴィーコは文明は神の時代、英雄の時代、人間の時代の 3 つの時代が繰り返される循環で螺旋的に発展すると主張しました。神の時代の巨人たちは、人間や自然現象を比較し、理解するために隠喩に頼り、英雄の時代には換喩と提喩が、理想化された人物によって体現された封建的または君主制的な制度の発展を支え、人間の時代は民衆による民主主義と皮肉による反省によって特徴づけられ、この時代には、合理性の台頭が反省の野蛮さにつながり、文明は再び詩の時代(神の時代)へと下ります。歴史のサイクルはこのように螺旋状に循環しながら進化するという見通しを与えました。

 これらの考えが『フィネガンズ・ウェイク』に大きな影響を与えています。実際のところ、ヴィーコの歴史哲学は細かい抽象化のレベルでは歴史学や政治学から受け入れにくいとは思うものの、とはいえ「ある種のトレンドを繰り返しながら、時間的な蓄積の中で過去のことが因果となりながら進化、変遷する」くらいにとれば、それは文化、政治に関していいうると思いますし、ジョイス自身もそのような視点を文学の進化に認めていたと思います。

 そのような視点からジョイスは文体パロディのスタイルを展開し、過去のテクストに言及しつつ、それに対するオマージュをささげながら、さまざまなトレンドを繰り返しながら時間的な蓄積のなかで螺旋的に進歩発展する文学史、アートワールドの特性について言及するデザインになっていてその集大成を図っています。そのような精神を反映するのが「輪廻」「死と再生」のテーマと言えます

 他にジョイスは古代エジプトのオシリスの物語と、呪文や祈祷文を集めたエジプトの『死者の書』を参照しています。『死者の書』は埋葬時に死者の復活と再生のための呪文を集めたものです。

 物語の最終章は冒頭の部分に繋がっていて、テクスト自体も「円環」「循環」「輪廻」の主題を帯びています。

 次に、本作『バロック協奏曲』について見ていきます。

アートワールドの衝突

 物語は、18世紀のメキシコから富裕な「旦那」が従者のフィロメーノを連れて欧州(ヴェネツィア)へ渡ることから始まります。そしてーロッパの伝統的な様式(旧世界)と、アメリカ大陸の生命力あふれる感性(新世界)が出会うことで、新しい文化が生まれる過程を描いています。カルペンティエールにとって「バロック」とは単なる美術様式ではなく、多様な要素が過剰に混ざり合う中南米そのものの精神性を象徴しています。


​ ​タイトルが示す通り、音楽は物語の核心です。ヴィヴァルディ、ヘンデル、スカルラッティといった巨匠たちと、アフリカ系キューバ人のフィロメーノが即興演奏を行う場面も描かれます。クラシックの端正な旋律に、フィロメーノが持ち込んだアフリカ由来の打楽器のリズムが混ざり合います。低俗とされた大衆文化が高尚な芸術を揺さぶり、更新していくプロセスのメタファーです。


​ ​この小説では、時間は直線的に進みません。物語は18世紀から始まりながら、いつの間にかワーグナーの墓が登場し、最終的には20世紀のルイ=アームストロングのコンサートへと繋がります。
​ 芸術や文化において、過去と現在は切り離されたものではなく、常に響き合い、同時並行的に存在しているという円環的な時間論が提示されています。

 ​メキシコの旦那は、ヨーロッパを旅し、ヴィヴァルディたちが自身の故郷(メキシコ)を題材にしたオペラ『モテズマ』を上演するのを見ることで、逆に自分は何者かを自覚します。ヨーロッパという「他者」を通して、初めて自国の文化の独自性と価値を再発見するというパラドックスが描かれています。

 このように、本作はアートワールドの全体性や衝突のプロセスについてを作品の主題とする作品で、混線した時間軸のなか、過去のテクストと現在、未来のテクストが相互依存的にアートワールドを形づくり全体性を更新していくプロセス自体を作品のなかで描いています。たとえば印象派やアールヌーヴォー、野獣派が西洋のアートワールドの慣習、制度の外の別のアートワールドの慣習と衝突し、そのすり合わせのなかでの相互的発見プロセスのなかで、アートワールドの更新を図ったようなことが、本作の中では中心的なテーマとして描かれています。

シュペングラーの影響

 カルペンティエールの歴史観のバックボーンにはシュペングラーの『西洋の没落』があります。

 シュペングラーは、文化を「誕生、成長、衰退」というサイクルを辿る有機体として捉えました。カルペンティエールはこの考えを援用し、没落しつつある旧世界(欧州)と生命力に満ちた新世界(アメリカ大陸)を対比させました。

  『バロック協奏曲』で時間が18世紀から20世紀へと跳躍し、また戻るような感覚があるのは、直線的な進歩史観を否定し、歴史を反復と共鳴のプロセスと見るシュペングラー的な循環史観が反映されているからです。

 シュペングラーはバロックを一つの文化の「末期的な過熟」と見ましたが、カルペンティエールはそれを逆手に取り、中南米のあらゆるものが混ざり合い、爆発する創造性の象徴へと転化させます。

シュルレアリスムの影響

 カルペンティエールはシュルレアリスムの影響が顕著です。

 シュルレアリスムの画家サルバドール=ダリ(「記憶の固執」)は、「偏執狂的批判的方法」と呼ばれる制作手法を考案しました。これは妄想や強迫観念を相対化して、それを美学的再現のレベルに落とし込む手法です。妄想や夢遊の状態を批判的に認識して、それを表現にフィードバックしようと図るメソッドでした。

 このような方法論は意識の発見的な側面を創作にフィードバックしようとするものといえます。

 現代の心の哲学では、意識や心というものの機能主義的、道具的定義がいろいろに考えられており、大まかに言ってそれは複数のモジュールの計算、表象の操作を統合し、シュミレーションから推論を立て環境に適応的な行動変容を促すツールであるとの見通しが立てられています。そこではインプットされたさまざまな表象を操作し、過去にインプットされた表象との関連性が発見されたり、環境の構造化にあたって認識が修正されたりしていきます。

 シュルレアリスムが試みた「偏執狂的批判的方法」「コラージュ」「モンタージュ」の手法は、まさに意識のそのような発見的側面を生かして創作を展開したものと言えます。意識のなかで断片的な表象同士の関連性が発見され、再解釈されること。それが創作という営為を可能とする人間の認知的機能ですが、この発見的な意識の機能を想像力を喚起する美学的再現の方法論として展開したのが「偏執狂的批判的方法」「コラージュ」「モンタージュ」といえます。

 そして、このような能力があるからこそ、我々は異なるアートワールドとアートワールドが衝突したとき、その確率的な類似性や近接性の中から、相互の制度をすり合わせるなかで、アートワールドの全体性を更新し、自らのものとして取り込むような、本作でも描かれるような行為が可能になるのだと思います。

物語世界

あらすじ

 18世紀、メキシコの裕福な銀山主である「旦那(エル・アモ)」は、富を誇示し、自らのルーツを再確認するためにヨーロッパ旅行を計画します。彼は、キューバで出会った黒人の従者フィロメーノを連れ、スペインを経てイタリアのベネチアへと向かいます。

 舞台はカーニバルに沸くベネチアに移ります。ここで「旦那」とフィロメーノは、当時の音楽界の巨匠たちに出会います。​アントニオ=ヴィヴァルディ、​ゲオルク=フリードリヒ=ヘンデル、​ドメニコ=スカルラッティなどです。
 

​ 彼らはピエタ養護院(ヴィヴァルディが教えていた女子孤児院)に集まり、夜通しのジャム=セッションを繰り広げます。これがタイトルの「バロック協奏曲」です。フィロメーノが鍋や釜を叩いて繰り出すアフリカ由来の打楽器のリズムが、ヨーロッパのバロック音楽と融合します。


​ ヴィヴァルディは「旦那」から聞いたアステカ帝国の滅亡の話にインスピレーションを受け、オペラ『モテズマ』を作曲します。
 

​ しかし、上演されたオペラを見た「旦那」は愕然とします。そこでは、史実(コルテスによる征服)がヨーロッパの好みに合わせて都合よく改変され、アステカの王が騎士道精神あふれる人物として描かれていたからです。

​ 「旦那」の反論は 「現実はもっと残酷で、複雑だった」と批判しますが、ヴィヴァルディは 「芸術においては、歴史的真実よりも詩的真実が優先される」といいます。

 物語は次第に時間軸を無視し始めます。一行は、20世紀の作曲家イゴール=ストラヴィンスキーの墓(サン=ミケーレ島)を訪れます。18世紀の登場人物たちが、平然と未来の出来事や芸術に触れます。

 
 ​最後に、「旦那」はメキシコへ帰る決意をしますが、フィロメーノはベネチアに残ることを選びます。フィロメーノが行き着く先は、ルイ=アームストロングのコンサート会場でした。彼はトランペットが奏でるジャズの中に、自分たちのルーツであるリズムの進化を見出したのでした。

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