始めに
志賀『網走まで』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
白樺派の理想主義とヒューマニズム
志賀直哉は白樺派の中心となった作家です。白樺派は、学習院の同人誌である白樺のグループの作家の名称で、傾向としては理想主義や人道主義を掲げて、そこから生田長江など自然主義の作家や評論家との論争がありました。
白樺派は有島武郎(『或る女』)、里見とん(『多情仏心』)の兄弟や武者小路実篤(『友情』)、長与善郎などの小説家の他にも詩人、歌人、画家もいて、作風の傾向もまちまちでした。とはいえこのグループではトルストイ(『戦争と平和』『アンナ=カレーニナ』)、ニーチェなどは広く共有され、トルストイ(『戦争と平和』『アンナ=カレーニナ』)のヒューマニズムからは志賀も影響が顕著です。
漱石のプラグマティズム。内村鑑三のヒューマニズム。
また志賀直哉は夏目漱石や内村鑑三から顕著な影響を受けました。
漱石はプラグマティズムという潮流から影響が見えましたが、本作もそれと通底する生の哲学が垣間見えます。
また内村鑑三の理想主義や生の哲学からの影響も伺えます。
語りの構造
上野駅から青森行きの汽車に乗った語り手が、男の子を連れて赤子を背負った若い上品な母親と同席します。男の子の言動にに嫌悪感を抱き、不幸そうな母親に同情します。彼女は北海道の網走まで行くといいます。語り手はこの女性の境遇や運命に思いを馳せつつ、宇都宮で下車する、という内容です。
全体的に語り手の「自分」に内的焦点化がなされるために、読者も語り手同様に、網走まで行く件の母親の身の上について、断片的にしか知ることができません。少し漱石『こころ』などとも重なります。
物語世界
あらすじ
上野駅から青森行きの汽車に乗った語り手は、男の子を連れて赤子を背負った若い上品な母親と同席します。語り手はその母親の男の子の醜い容貌、粗暴な言葉に嫌悪感を抱き、不幸そうな母親に同情します。彼女は北海道の網走まで行くそうです。
語り手はこの列車に乗り合わせたこの女性が、結婚前は裕福で高貴な家庭で育てられたものの、結婚後は苦難を味わっているのを悟ります。
7歳ほどの息子は礼儀に欠け、愛情の乏しい家庭で育ったような粗野な性格でした。この女性は語り手に、この子が父の気質を受け継いだのではと示唆します。
主人公はこの子供の父親が、人生の失敗により気難しく陰気になり、弱い妻へ当たり散らして憂いを晴らすような人物だと想像します。
主人公の下車駅の宇都宮に着いたとき、子供を便所に行かせるために母親は赤子を急いで背負い始めます。
この女性は、わずかばかりの荷物でなぜ網走まで行かなければならなかったのか、車内で書き上げた2枚の葉書の意味するところは分からないまま、語り手は宇都宮で下車します。




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