始めに
クッツェー『夷狄を待ちながら』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
モダニズム
クッツェーは博士論文にてベケットの作品を扱っていたり、全体的にベケットやその師匠のジョイスのモダニズムの影響が顕著です。
モダニズム文学はT=S=エリオットの『荒地』などを皮切りに、フォークナー(『響きと怒り』)、ジョイス(『ユリシーズ』)、三島由紀夫(『奔馬』)、大江健三郎(『万延元年のフットボール』『取り替え子』)など、神話的象徴の手法を取り入れるようになりました。これは神話の象徴として特定の対象が描写され、新しい形で神話や特定の対象が発見される機知が喚起する想像力に着目するアプローチです。『ユリシーズ』では冴えない中年の広告取りレオポルド=ブルームを中心に、ダブリンの1904年6月16日を様々な文体で描きます。タイトルの『ユリシーズ』はオデュッセウスに由来し、物語全体はホメロスの『オデュッセイア』と対応関係を持っています。テレマコスの象徴となるスティーブン=ディーダラス、オデュッセウスの象徴としてのレオポルド=ブルームのほか、さまざまな象徴が展開されます。
ベケットの作品も、そのような象徴的、寓意的内容を孕むものが多いです。本作もさまざまな神話的象徴のテーマや寓話、引用が伺えます。
元ネタ
クッツェーはタイトルに加えて内容をギリシャの詩人コンスタンティノス=P=カヴァフィスの1904年の詩『蛮族を待ちながら』から影響されています。この詩は、ブッツァーティの『タタール人の砂漠』、ジュリアン・グラックの『シルトの岸辺』などにも影響している作品です。
コンスタンティノスの詩は衰退する都市国家を描いており、住民と議員たちは「蛮族」の到来を待っています。夜になっても蛮族はまだ来ず、詩は「蛮族がいなければ、我々はどうなるというのか?蛮族は一種の解決策だったのだ」と締めくくられます。
もとの詩では、国家が衰退するなか、侵略者の存在がむしろ衰退から逃れるための救いになっているという皮肉を描いています。
ポストコロニアル
本作はコンスタンティノスの詩を大まかなシチュエーションやテーマとして継承しています。
本作では、架空の帝国が支配権をもつ辺境の植民地で執政官を長年つとめる人物が主人公です。やがてそこへ外部からの蛮族の襲来を懸念する帝国の第3局から、ジョル大佐という人物が派遣されます。先制攻撃によって敵の捕獲作戦を始めるというジョル大佐が率いる部隊は、連行した人びとを尋問し、拷問します。父親を殺され、両足を潰されて視野も狂い仲間に見捨てられた娘を、執政官は街から拾い、娘の足に油を塗り、仲間のところへ帰してやります。そのため執政官は敵に通じたと見なされて監獄に入れられ、拷問を受けるのでした。冬が近づき蛮族に対する作戦が失敗に終わると、兵士たちは町から逃げ出し始めます。大佐も残りの兵士たちを連れて急いで町を放棄します。町では、蛮族が間もなく侵略してくるという見方が広まっていますが、町に初雪が降る頃にも、蛮族の姿はどこにも見当たりません。
このように、帝国の衰退を免れるために象徴として機能する外敵の存在を、シニカルに描いています。
物語世界
あらすじ
物語は、「帝国」の領土辺境に位置する集落の、名前は分からない執政官の一人称で語られます。政務官の比較的平穏な生活は、帝国による非常事態宣言と、帝国の特殊部隊である第三局の派遣によって幕を閉じます。集落の住民から「蛮族」と呼ばれていた先住民が、町への攻撃を企んでいるという噂が広まったためでした。
これを受け、第三局は国境を越えた地へと遠征を行います。邪悪なジョール大佐に率いられた第三局は、多数の蛮族を捕らえ、町に連れ帰り、拷問を加え、一部を殺害した後、より大規模な作戦の準備のため首都へと向かうのでした。
一方、執政官は植民地主義の正当性に疑問を抱き始め、第三局の拷問によって身体が不自由になり、一部視力を失った蛮族の少女を自ら看護します。彼は、自分と一緒にいなければ、蛮族の少女を街から追い出すと脅します。
最終的に、執政官は彼女を故郷の民の元へ連れ戻すことを決意します。不毛の地を命がけで旅し、その間に性的関係を持った後、執政官は少女を連れ戻すことに成功します。最後に、彼女に一緒にいてくれるかどうか尋ねるものの、無駄でした。
そして、執政官は故郷の町へと戻ります。第三局の兵士たちが再び現れ、執政官を職務放棄と「敵」との交際を理由に逮捕します。このような緊急事態では裁判が開かれる可能性は低く、執政官は無期限に鍵のかかった地下室に閉じ込められます。
執政官はついに監獄から脱出できる鍵を手に入れたものの、逃げる場所もなく、ほとんどの時間を監獄の外で食べ物の残り物をあさって過ごしていました。
その後、ジョル大佐は数人の蛮族の捕虜を連れて荒野から意気揚々と戻り、彼らの拷問を公開の見せしめにします。群衆は暴行に参加するよう促されたものの、執政官はそれを止めようと現場に飛び込み、制圧されます。
兵士の一団が執政官を捕らえ、腕を吊るします。拷問という個人的な体験を通して、執政官は植民地主義的暴力への理解を深めます。執政官の精神が明らかに打ち砕かれたため、兵士たちは他に行き場がないことを知りながら、嘲りながら執政官が町で自由に歩き回るのを許します。
しかし、冬が近づき蛮族に対する作戦が失敗に終わると、兵士たちは町から逃げ出し始めます。執政官は荒野から最後に戻ってきたジョルと対峙しようとするものの、大佐は彼と話をすることを拒否し、残りの兵士たちを連れて急いで町を放棄します。
町では、蛮族が間もなく侵略してくるという見方が広まっています。兵士や多くの住民はすでに町を去っていますが、政務官は残った住民たちに生活を続け、冬に備えるよう促しています。町に初雪が降る頃にも、蛮族の姿はどこにも見当たりません。




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