始めに
クッツェー『鉄の時代』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
モダニズム
クッツェーは博士論文にてベケットの作品を扱っていたり、全体的にベケットやその師匠のジョイスのモダニズムの影響が顕著です。
モダニズム文学はT=S=エリオットの『荒地』などを皮切りに、フォークナー(『響きと怒り』)、ジョイス(『ユリシーズ』)、三島由紀夫(『奔馬』)、大江健三郎(『万延元年のフットボール』『取り替え子』)など、神話的象徴の手法を取り入れるようになりました。これは神話の象徴として特定の対象が描写され、新しい形で神話や特定の対象が発見される機知が喚起する想像力に着目するアプローチです。『ユリシーズ』では冴えない中年の広告取りレオポルド=ブルームを中心に、ダブリンの1904年6月16日を様々な文体で描きます。タイトルの『ユリシーズ』はオデュッセウスに由来し、物語全体はホメロスの『オデュッセイア』と対応関係を持っています。テレマコスの象徴となるスティーブン=ディーダラス、オデュッセウスの象徴としてのレオポルド=ブルームのほか、さまざまな象徴が展開されます。
ベケットの作品も、そのような象徴的、寓意的内容を孕むものが多いです。本作もさまざまな神話的象徴のテーマや寓話、引用が伺えます。
語りの構造
作品はカレン夫人が娘に宛てた手紙という体裁です。書簡体小説においてカレン夫人が一人称の語り手となっています。南アフリカを離れてアパルトヘイトに反対するためアメリカに移住した娘に宛てて、カレン夫人は手紙を書いています。
カレン夫人は手紙の中で娘を「あなた」と呼び掛けているため、二人称のようでもあります。
カレン夫人は高齢で癌のために命が永くはなく、彼女がケープタウンの荒廃した道徳世界を観察し、苦悩し、成長するプロセスが描かれます。
タイトルの意味
タイトル「鉄の時代」はカレン夫人とケープタウンの人々が暮らす世界の野蛮さの象徴です。
警察による黒人への暴力や殺害行為といったエピソードに、この鉄の時代の残酷な冷たさが象徴されます。
カレン夫人は、「鉄の時代」の残虐さが、ケープタウンの人々の気質を特徴づけるとしますが、歴史上の他の時代と同様に、この歪んだ鉄の時代もいずれは終焉を迎えるとも思っています。
物語の終盤で、カレンを看病するヴェルキュイユがベッドに入り抱きしめるものの、彼の体から温もりを感じられず、カレン夫人は今日が自分の死の日なのではないかと考えます。そこでカレン夫人は鉄のような冷たい孤独を味わっているのでした。
物語世界
あらすじ
この物語は、主人公で元古典学教授のカレン夫人が、南アフリカを離れ、アパルトヘイトに明確な反対の立場を示すためにアメリカに移住した娘に宛てた手紙の中で語られます。
カレン夫人はアパルトヘイト時代のケープタウンに住んでいます。医師から癌は不治で、間もなく死ぬと告げられたばかりです。帰宅したカレン夫人は、家の近くに野宿しているホームレスの男性、ヴェルキュイユを発見します。カレン夫人は彼に出て行くように言いますが、ヴェルキュイユが再び戻ってきたので、カレン夫人は彼に食べ物を与え、仕事を与えます。しかし、ヴェルキュイユはそれが気に入らないようです。
その夜遅く、カレン夫人は窓からテレビをじっと見つめているヴェルキュイユを見つけ、苛立ちます。しかし夜、突然激しい痛みに襲われ、ヴェルキュイユがカレン夫人を助けます。ヴェルキュイユはほとんどの時間を彼女の家の近くで過ごすようになり、二人は奇妙な友情を育みます。
そしてある日、彼女はヴェルキュイユに娘への手紙を郵送するよう頼みます。彼は最終的に手紙を郵送します。
カレン夫人の家政婦フローレンスが旅行から戻り、二人の娘と息子のベキを連れてきます。カレン夫人はベキが家にいることに憤慨するものの、他に行き場がありません。カレン夫人がチンピラだと思っているベキの友人が、ヴェルキュイユと喧嘩になり、ヴェルキュイユはしばらく姿を消します。
その頃、ベキとその友人たちを監視しているらしい警官が家の近くに出没し始めます。ヴェルキュイユは女性を連れ帰り、リビングで二人とも酔って倒れてしまいます。人で溢れかえったカレン夫人は、自分が死ぬ前に財産を乗っ取ろうと、皆が陰謀を企んでいるのではないかと感じ始めます。
ある日、カレン夫人は、以前彼女に無礼な言葉を投げかけた警官たちが、自転車に乗っていたベキとその友人ジョンをトラックに衝突させるのを目撃します。ジョンは頭に重傷を負い、彼女は救急車が到着するまで路上で彼の頭を抱えて座っていました。カレン夫人は、黒人に対する警察の暴力の現実に違和感を持ちます。ジョンの怪我について当局に正義を求めたいと願うカレン夫人ですが、警察に関わることを恐れるフローレンスはそれを許しません。
一同はベキの友人を見舞うために病院に向かうものの、カレン夫人は激痛に襲われているので、ヴェルキュイユと車の中で待ちます。カレン夫人は涙を流し、娘に自分へ迫り来る死のことを告げていないことをヴェルキュイユに打ち明けます。ヴェルキュイユは、娘に真実を話すようカレン夫人を励まします。
その夜、カレン夫人はヴェルキュイユをソファで寝るように誘います。彼女は、ヴェルキュイユがそこに住んでいたらいいのに、と思います。
夜中にフローレンスの息子が困っているという電話がかかってきて、悲劇が再び起こります。カレン夫人はフローレンスと娘をググレトゥへ車で連れて行き、そこでフローレンスのいとこであるタバネ氏に会います。一同は混乱状態にある地区へと車を走らせる。あまりの破壊と恐怖を前に、カレン夫人は癇癪を起こし、タバネ氏に説教されます。
ようやく一行はベキを発見します。彼と他の4人の黒人男性が殺害され、目と口に砂を詰めて壁にもたれたまま放置されていました。恐怖に駆られたカレン夫人は警官を見つけ、何とかするよう要求するものの、無視されます。翌日、フローレンスが戻ってこないので、何人かの女性たちが彼女の荷物を取りに来るのでした。
ヴェルキュイユが混乱するカレン夫人に、自殺するつもりなのかと尋ねると、彼女はそうだと答え、二人はドライブに出かけます。しかし自殺を実行できないので、ヴェルキュイユは酒を買ってきます。怒ったカレン夫人は彼に出て行けと叫び、ヴェルキュイユを追い出します。
ある夜、ジョンがベキのことを尋ねてきます。ジョンの友人が死んだと伝えるものの、理解していないようです。ジョンは怪我をしているので、彼女はしばらく彼の面倒を見ます。ある日、ジョンが床板の中に何かを隠しているのを見つけ、彼女はタバネ氏にジョンを連れて行くよう電話します。
翌朝、警察がカレン夫人の家を訪れ、ジョンのことを尋ねます。カレン夫人は大丈夫だと答えるものの、ジョンは怖がっています。カレン夫人はジョンを傷つけないと約束し、慰めようとします。しかし残酷な策略で、警官はカレン夫人と他の人々の注意をそらし、ジョンを射殺したのでした。
警官は彼女に家に戻ってよいと言うものの、カレン夫人は帰る気になれません。カレン夫人は通りをさまよい、橋の下で眠りに落ちます。子供たちにまさぐられて目が覚めますが、カレン夫人は強盗に遭い、激痛に襲われていたのでした。どうにかしてヴェルキュイユが彼女を見つけたものほ、彼女はまだ家に帰ろうとしません。
彼らは翌日戻る前に森の中で一緒に眠りに落ちます。カレン夫人の家は荒らされており、警官がそこにいて、ジョンとヴェルキュイユについて尋問します。警官が去った後、彼女はタバネ氏に電話して警告します。
カレン夫人の容態が悪化するにつれ、ヴェルキュイユはベッドで彼女を抱きしめます。性的な意味ではなく、ただ彼女を温めるためです。ある朝、彼女は一人で目を覚ますと、かつてないほど寒かったのでした。ヴェルキュイユはベッドに入り、彼女を抱きしめるものの、彼の体から温もりを感じられず、カレン夫人は今日が自分の死の日なのではないかと考えます。




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