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ブッツァーティ『タタール人の砂漠』解説あらすじ 

ブッツァーティ
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始めに

 ブッツァーティ『タタール人の砂漠』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

タタール人を待ちながら

 取り返しのつかない時間の経過がテーマです。主人公ジョヴァンニ=ドローゴは、いつか素晴らしいことが起こるはずだと期待しながら砦での日々を過ごしますが、時間は残酷なほど静かに、そして速く過ぎ去っていきます。待ちぼうけて、人生の黄金期が指の間から砂のようにこぼれ落ちていくのでした。規則正しい軍隊生活は、時間の経過に対する恐怖を麻痺させる麻薬として機能しています。


​ ドローゴたちは、北方の砂漠から襲来すると信じられているタタール人を待ち続けます。タタール人の襲来は、自分たちの退屈な人生を正当化し、英雄になれる唯一のチャンスです。実体のない大いなる目的を待つことで、目の前にある現実の生をおろそかにしてしまう人間の業が描かれています。


​ 砦は、単なる軍事施設ではなく、孤独や閉塞感の象徴です。多くの兵士が同じ場所にいながら、誰もが自分の幻想の中に閉じこもっています。砦の外の世界との繋がりが希薄になり、最終的には砦以外の場所では生きられない体になってしまう依存性が描かれます。

 ​物語の終盤、ドローゴは皮肉な運命に見舞われます。長年待ち望んだ敵がようやく現れたとき、彼は老いと病のために戦場から追い出されてしまうのです。人生における真の勝利とは何かという問いを投げかけます。敵と戦うことではなく、孤独な死という最大の敵を前に、いかに尊厳を保って微笑むことができるかが、ドローゴに与えられた最後の、そして唯一の本物の戦いでした。

カヴァフィス「蛮族を待ちながら」

 ​カヴァフィスの詩「蛮族を待ちながら」が元ネタです。カヴァフィスの詩「蛮族を待ちながら」の舞台は古代ローマ(または東ローマ)のような都市です。帝国の中心地で、着飾った特権階級たちが蛮族が来て、今の退屈なシステムを壊してくれることを待っています。


 カヴァフィスの詩はわずか一日の出来事です。今日、蛮族が来るという噂があるから、元老院も皇帝も正装して待っている。でも夕方になって「来ない」とわかり、解散する。その瞬間の「肩透かし感」を描いています。他方で『タタール人の砂漠』は30年以上の歳月を描きます。主人公ドローゴが青年将校として砦に来てから、白髪の老人になって去るまでです。一瞬の肩透かしではなく、じわじわと人生が削り取られていくのを描きます。


​ また​カヴァフィスの詩では、蛮族は結局現れません。 それどころか国境にはもう蛮族などいないという噂で終わります。敵は最初から自分たちをまとめるための幻想に過ぎなかったことが暴かれます。『タタール人の砂漠』では、物語の最後、敵であるタタール人は本当にやってきます。 しかし、ドローゴはすでに老いて病に冒され、戦場から強制退場させられます。敵は実在したものの、タイミングがあまりに遅すぎたのでした。


​ ​またカヴァフィスの詩は集団のドラマです。政治家や市民がどう振る舞うかという、社会風刺的な視点です。敵がいないと統治できないという国家の虚無を突いています。『タタール人の砂漠』は個人の内面のドラマです。ドローゴという一人の男が、なぜ逃げ出せたはずの砦に留まり続けたのかを描きます。

物語世界

あらすじ

 若き士官ジョヴァンニ=ドローゴが、辺境の地にあるバスティアーニ砦へと赴任するところからこの物語は始まります。彼は当初、その古びた要塞の閉塞感と荒涼とした砂漠の風景に絶望し、すぐにでも都会へ戻ろうと考えますが、砦の内部に流れる奇妙な空気と、いつか北の砂漠から伝説の「タタール人」が攻めてくるのではないかという微かな予感に、知らず知らずのうちに魂を捉えられてしまいます。

 このいつか何かが起こるという期待は、麻薬のように彼の精神を蝕み、数ヶ月の滞在のつもりが数年、そして数十年という歳月へと膨れ上がっていきます。

 ドローゴは時折休暇で街に戻るものの、そこには自分を理解してくれる者はもうおらず、かつての友人たちは現実の世界で着実に地位や家族を築いている一方で、自分だけが砦という時間の止まった場所で実体のない英雄的夢想に縋り付いていることに気づき、結局は砦へと引き返してしまいます。

 砦での生活はあまりに単調で、厳しい軍紀と決まりきった交代勤務の繰り返しの中で、彼の若さは砂漠の砂が零れ落ちるように失われていきました。そして、彼が白髪の老兵となり、病に冒されて身体の自由も利かなくなった頃、ついに長年待ち望んだ奇跡、すなわち本物の敵軍の進軍が砂漠の果てに確認されます。

 しかし、皮肉にもドローゴは病身で戦いの足手まといになると判断され、後送を命じられて砦を追い出されます。

 物語は彼が名もなき宿屋の一室で、孤独の中で死と対峙する場面で幕を閉じます。そこで彼は、本当の敵は砂漠の向こうから来るタタール人ではなく、静かに忍び寄る「時間」と「死」であったことを悟り、誰にも見取られない暗闇の中で、静かに微笑を浮かべながら最期を迎えます。

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