PR

川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』解説あらすじ

川上弘美
記事内に広告が含まれています。

始めに

 川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』解説あらすじを書いていきます。

 

背景知識、語りの構造

川上弘美を形成するもの

 内田百閒、色川武大、深沢七郎、藤枝静男、河野多恵子、久世光彦、江國香織、山田詠美、田辺聖子などを川上弘美は好んでいます。

 百閒の幻想文学テイストや語り口は、川上に継承されています。

色川武夫の口語的語りも同様で、『狂人日記』のような朦朧とした語りが本作には見えます。

 深沢七郎は谷崎からの影響が顕著で、豊かな口語的語りが特徴です。谷崎のさらにルーツの泉鏡花のような豊かな語りで、幻想的世界が綴られるのが川上文学です。

 田辺聖子も特に好んでいて、手数の多いシチュエーションの卓越したデザインと心理的機微の情緒で魅せる手腕が共通し、本作のいくつかの短編の他、『センセイの鞄』などにも田辺の影響が見えます。

終末論SF

 本作は、終末論SFジャンルです。これは、人類の滅亡やそれに準ずるカタストロフを描くジャンルで、先駆としては各地の神話などがあります。

 バイロン卿「闇」、トーマス=キャンベルの「最後の人」やトーマス=フッドの「最後の人」、トーマス=ラヴェル=ベドーズの「最後の男」など、近代におけるこのジャンルの先駆的作品は多くありますが、特に知られるのはメアリー=シェリーの小説『最後の人間』(1826年)です。これは疫病で人類が死に絶えた世界に生きる最後の1人を描きます。

 本作『大きな鳥にさらわれないよう』も、このジャンルで、人類の滅亡までを描きます

進化論SF

 本作は進化論SFです。このジャンルはH=G=ウェルズ『タイムマシン』などを先駆とします。

 ウェルズはトマス・ヘンリー・ハクスリーの下で生物学を学び、進化論はウェルズの人生に影響を与え、作品のテーマになり続けました。ダーウィンの進化論は、ラマルクなどと対照的に、非目的論的なアルゴリズムによる進化を唱え、それはつまるところ、人間は必ずしも善や理性に従ってそれを伸ばすように目的論的に進化するわけではなく、非目的論的に、環境に適応的な形質と個体が支配的になっていくことから、人間が悪や野蛮に進化していく可能性がそこに開かれていたのでした。ウェルズはそうして、人間が進化によって野蛮へと堕落してしまうことを懸念し、それを理性と科学によって克服したいと願いました。

 本作においても、人類の進化による変化が希望になるものの、自然選択的進化の不条理のなかで結局それがうまくいかないまま、人類が衰亡するプロセスが描かれます。進化を人類の未来のためとに介入しようとする人工知能やクローン人間の管理も成功せず、ゆるやかに人類は滅びます。

新古典主義、神話的象徴の手法

 本作はモダニズム文学的手法が語りの手法や象徴性などに見えます。

 モダニズム文学はT=S=エリオットの『荒地』などを皮切りに、ジョイス『ユリシーズ』、フォークナー『響きと怒り』など、神話的象徴の手法を取り入れるようになりました。これは神話の象徴として特定の対象が描写され、新しい形で神話や特定の対象が発見される機知が喚起する想像力に着目するアプローチです。

 例えば『ユリシーズ』では冴えない中年の広告取りレオポルド=ブルームを中心に、ダブリンの1904年6月16日を様々な文体で描きます。タイトルの『ユリシーズ』はオデュッセウスに由来し、物語全体はホメロスの『オデュッセイア』と対応関係を持っています。テレマコスの象徴となるスティーブン=ディーダラス、オデュッセウスの象徴としてのレオポルド=ブルームのほか、さまざまな象徴が展開されます。また一人称視点のリアリズムとしての意識の流れの手法も特徴的です。

 モダニズム的手法はニューウェーブSF以降のSFに頻繁に用いられてきましたが、本作も神話的象徴の手法を設定し、物語のなかで神話的モチーフが多く見え、ラストも創造神話的ドラマがエリにより展開されます。一人称的語りの蓄積も、フォークナー『響きと怒り』などと重なります。

現代のプロメテウス神話

 この作品はまた、現代のプロメテウス神話を意図して書かれたメアリー=シェリー『フランケンシュタイン』とも内容的に重なります。『フランケンシュタイン』は苦悩する人造人間を、人間をつくったプロメテウスの神話に準えてえがいています。その他『フランケンシュタイン』はジャンリス夫人の『ピュグマリオンとガラテア』からの影響もあります。

 連作の最後を締めくくる「なぜなの、あたしのかみさま」では、最後の人となった人造人間の、創造主としての活動と人類への鎮魂が語られます。

大まかな構成

 作品は連作短編形式になっていて、それぞれのエピソードは世界観を共有し、世界観に関する情報を断片的に伝える、基本的には完結したエピソードですが、章をまたいで展開される人物の物語も多いです。

 語り手は、基本的に等質物語世界の、いわゆる一人称の語り手ですが、「踊る子供」「なぜなの、あたしのかみさま」は例外的に、異質物語世界の、いわゆる三人称です。また、語りの主体もそれぞれ異なっています。

 最後の「運命」「なぜなの、あたしのかみさま」において、ようやくこの世界観の全貌が明かされ、「なぜなの、あたしのかみさま」では、最後の(クローン)人間の感慨が語られていきます

 朦朧とした断片的語りを積み重なるSF小説としてのデザインはイシグロ『私を離さないで』やジーン=ウルフ作品などを連想します。

世界観

 物語は、何度かのカタストロフから人類が数を減らし、地球の支配的地位をなくした時代が舞台になっています。

 遺伝子操作でクローン生成が簡単になり、人工知能(母)が人を管理するようになっています。小さな集落に人を隔離して、そこで遺伝子の変化を待ち、新しい人類を発生させることを人工知能の母たちは目指しています。そしてクローン発生させられた見守りたちが、人類の新たな遺伝子の変化を見つけ、変異体を母たちの元に送り、新たな人類の発生に人類存続の希望をかけていたものの、最後までそれはうまくいかないのでした。

 クローン生産される人間「わたしたち」が「見守り」という、町の人々の生活を監視しているという設定があり、それを母たちという人工知能が管理し、育てます。

物語世界

あらすじ

形見

 語り手のわたし(エリの育てるクローン人間か)の視点から、その夫の過去のことなどが描かれます。

 工場では食料やクローン人間を作っていて、人間は、死後に骨からどんな動物由来か形で分かるそうで、それを形見にすることになります。

水仙

 語り手のクローン人間の私のところへ髪の長い私が来ます。

 母たちに育てられる私たち(見守りか)の交代を描きます。やってきた私に対して、語り手の私は、庭に咲く水仙のことを伝えます。

緑の庭

 見守りのリエンというキャラクターの語りです。

 リエンのもとに男がやってきて妊娠し、女の子が生まれます。

 その後また、クワンという男がやってきます。彼との間に男の子が産まれると、母たちは男の子を連れ去ってしまいます。

踊る子供

 母たちの育てる、クローン人間の子どもたちの話です。

 ある日、リエンという名の女と子供は知り合います。「きれいに踊るのね」と大きな母と同じことを言う彼女でした。リエンはやがて亡くなります。

 やがて子供たちの大きな母が亡くなったことが知らされます。ある夜、男が訪れセックスをして、子供は赤子を産みます。最初に生まれた女の子に、リエンという名をつけるのでした。

大きな鳥にさらわれないよう

 学校に辟易する語り手のエマは、世界を旅してまわりたいと願います。

 エマは人類の希望となる新人類で、特別な力があります。ジェイデンと喧嘩になったところ、超能力でジェイデンを倒してしまいます。

 オニールさんの自転車にサイチョウという鳥がいて、不思議なことに、その鳥が話しかけてきます。サイチョウの後を追いかけて、エマは深い森へ向かいます。

Remember

 ヤコブ=オニールとサイチョウに同調するイアン=チェンの物語で、イアンが語り手です。

 見守りの二人は、町を出て行った子供たちを思い出します。ノア、リディア、アイザック、オーブリー。そして、エマ。現存の人間ではどうにもならないことから、新しい子供たちに期待を馳せていたのでした。

みずうみ

 語り手は、母たちに育てられる子どもの一人(変異体か)のようです。

 語り手は、湖のほとりで逢瀬をし、セックスをします。

漂泊

 語り手は、しぶしぶ旅を続けている見守りです。

 最近滞在したのは、二人の男のクローンが見守りしている町で、ヤコブとイアンと言いました。

 やがて語り手は、自分と異なる存在に出会います。目が三つ、鼻はなく、二つの穴が開いているだけで、湖のほとりに二人やってきて、セックスをしたのでした。

 旅する見守りは、自分とは違う彼らを嫌悪し、湖に毒を入れます。

Interview

 見守りにインタビューされている語り手は、24時間目覚めているというスタンダードに近い人間です。光合成もできるようです。

 語り手は、生殖相手のFで合成できるFと、自分の体を食い合うと言います。

奇跡

 マリアが語る会議の話です。出席者はヤコブやイアンら、各地区の見守りでした。ムニラが性交渉を経ずに産んだアーイシャの予言や治癒能力などの奇跡が広まり、他地区からの流入が起こって地区間のつながりが生まれます。都市には中央部と地方部の区別が明白になっていきます。

 奇跡は宗教となり、古代からの人類の変遷が再現されていきます。

 研究所へ来たカイラのことを、ノアという男が語ります。研究所にいるのは、人類の希望(変異体)であるカイラやノアといった特殊能力の持ち主と、母です。

 走査により心が読めるノアは、カイラの心を美しいといいます。やがて、ノアは、カイラとの間に子供を得ます。

変化

 カイラによる語りです。

 カイラは走査能力により、研究所の男を虜にし、多くの男とセックスをし、子どもを産みます。実はノアの子ではなく、6の2の子でした。

 カイラは母から、多くのものを壊す人間らしい人間と言われます。

運命

 母たちによる語りです。

 ここにおいて、これまでの人類に起こったカタストロフと人類の滅亡の危機、それに対する人類延命のための施策としてなされてきたことが語られます。

 小さな集落に人を隔離して、そこで遺伝子の変化を待ち、新しい人類を発生させようと、人工知能の母たちは目指していました。そしてクローン発生させられた見守りたちが、人類の新たな遺伝子の変化を見つけ、変異体を母たちの元に送り、新たな人類の発生に人類存続の希望をかけていたものの、結局成功しませんでした。

 人類は変化の兆しが見えたとしても、その変化が袋小路を生んだり、あるいは集団の中の異物を排除しようとする本性によって、新しい人類が環境に適応することはできないままでした。

 人類は結局滅亡することになり、母たちの計画は失敗します。

なぜなの、あたしのかみさま

 人間が滅んだあとに生き残っているクローン人間二人のエリとレマ、そして大きな母の物語です。エリの起源はリエンです。

 レマは死んだ者「気配」と会話します。エリは、クローン人間の再生を試みます。そして、新たな生物の創造主になります。

参考文献

・作家の読書道

作家の読書道:第7回 川上 弘美さん

コメント

You cannot copy content of this page

タイトルとURLをコピーしました