始めに
最近、綿矢りさが中国に渡ったそうです。というわけで綿矢『かわいそうだね』レビューを書いていきたいと思います。
語りの構造、背景知識
等質物語世界の語り手と異質物語世界の語り手
表題作「かわいそうだね?」は『インストール』『蹴りたい背中』のように、綿矢の得意な等質物語世界の語り手によって展開されます。その軽妙な語り口は健在で、少しブラックジョークを交えた、田辺聖子(「感傷旅行」)流のフランス心理主義的なラブコメディが描かれています。
一方、もう一つの『亜美ちゃんは美人』は異質物語世界の、けれども口語的な砕けた調子で語られます。亜美ちゃんの友人・サカキが焦点化人物となります。
田辺聖子、谷崎潤一郎流のフランス心理リアリズム。町田康を思わせる口語の語り
綿矢りさは田辺聖子(「感傷旅行」)からの影響が顕著です。田辺はスタンダール(『赤と黒』)などフランスの心理主義文学や谷崎潤一郎(『卍』『痴人の愛』)からの影響が強いですが、綿矢にもそうした作家の心理描写のエッセンスやシチュエーションの設定の手腕、プロットの膨らませ方の巧みさは受け継がれています。谷崎潤一郎は演劇的バックグラウンドがあるため状況設定が上手いのですが、綿矢の本作品にもそうした魅力を感じます。
また独特の口語の砕けた語り口は、町田康(「きれぎれ」)の影響を伺わせます。町田が学んだ織田作之助(『夫婦善哉』)などとも似て、綿矢の作品には同時代の風俗が細かく描かれています。
谷崎流に三角関係を描く「かわいそうだね?」
作中に谷崎の作品にある「蓼食う虫」の名が登場しますが、この作品は綿矢の私淑した田辺が好んだ谷崎潤一郎(『卍』『痴人の愛』)似た、三角関係を描く作品となっています。谷崎は演劇的なバックグラウンドが強く、『卍』『蓼食う虫』も、特異なシュチュエーションの中での三角関係が展開されますが、谷崎はとにかく心理劇の前提となる設定を準備するのが上手いのです。綿矢もそうした手際の良さを引き継いでいます。
谷崎『蓼食う虫』は作家本人の細君譲渡事件など三角関係的な経験を経て描かれたもので、冷め切った主人公夫婦と、義父と愛人が対照的に描かれています。「かわいそうだね?」は主人公・樹里恵とその恋人・隆大、そしてその元恋人のアキヨの三角関係が描かれます。人のいい樹里恵は、家賃が払えなくなったアキエが隆大の家に上がり込むのを許してしまい、精神的に追い詰められていき…というストーリーです。樹里恵の我慢のキャパシティの限界までが丁寧に描かれます。
心理ミステリ「亜美ちゃんは美人」
「亜美ちゃんは美人」は、亜美という女性の内面についての心理ミステリーのような作品です。亜美は容姿に恵まれ、周りからもチヤホヤされてばかりいるのですが、主体性がなく、また異性を見る目もありません。他人をなかなか愛することができず、自分になかなか愛情や興味を向けてくれない人のことを好きになってしまいます。焦点化がなされるサカキは亜美のことを内心妬み嫌っているのですが、だからこそサカキのことを亜美が好感を持っていたことが示唆されています。
そんな亜美という女性の複雑な心理がドラマの中心となっていますが、なぜ亜美がそうした形でしか人と関係を築けないのかは作中で明示されません。けれども私が思うに、亜美という女性にはある種虐待下に常日頃置かれた人間のような心理がはたらいているのではないかと思います。
情動というものは特定の対象に注意を向け行動をドライブするツールなので、それが何に対するものであるのかは明白であっても、どういった性質のものかは本人にも峻別し難いものがあります。その気分の高揚が快楽なのか不快なのか、本人にもなかなか分かりにくいものがあります。そうであるからこそ、わたしたちは例えばジェットコースターやホラー作品のような、対象への回避的な行動をドライブする気分の高揚を、快楽として享受するという経験ができるのです。
亜美は恐らく、いつも周りがチヤホヤしてくれるからこそ、他人が自分に興味を向けてくれないという状況に気分の高揚を覚え、それを恋愛感情と錯覚しているのではないかと、私は思います。
物語世界
あらすじ
「かわいそうだね?」
樹里恵と隆大は交際中です。けれども前の恋人アキヨがそこへやってきて、ずるずると二人の同棲を認めてしまうことになり…
「亜美ちゃんは美人」
亜美とサカキは高校時代からの友人です。サカキは亜美から懐かれていますが、自分よりも可愛い亜美にサカキは嫉妬しています。そんな亜美が崇志という碌でもない男と交際しだし、サカキには亜美にこれまでの嫉妬心を復讐するチャンスが起こったものの…
参考文献
WEB本の雑誌 編『作家の読書道』(本の雑誌社.2005)
小谷野敦『谷崎潤一郎伝–堂々たる人生』(中央公論社.2006)
戸田山和久『恐怖の哲学 恐怖から人間を読む』




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