始めに
始めに
どうやら綿矢りさが中国へ渡ったようです。なので(?)『蹴りたい背中』のレビューを書いていきます。
語りの構造、背景知識
等質物語世界の語り手・ハツ
この作品は等質物語世界の語り手・ハツを主人公とします。口語的で豊かな語り口が特徴です。
ハツは、ひねくれた女子高生で、学校で浮いていて、似たようなにな川という男子生徒に複雑な感情を抱きます。
綿矢の好んだ村上春樹が私淑したサリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』のような、語り手の鬱屈した心理が描かれていきます。
田辺聖子、谷崎潤一郎流の心理リアリズム。『異端者の悲しみ』
『インストール』に関する記事でも書きましたが、綿矢は田辺聖子(「感傷旅行」)やその先輩格の谷崎潤一郎に似た、フランス心理主義流のリアリズムの光る作家です。また、演劇的バックグラウンドの強い谷崎に似て、心理劇の状況の設定の仕方、プロットの膨らませ方は、綿矢はとても巧いです。この作品でも綿矢のそうした手腕は遺憾無く発揮されています。
この作品では谷崎『異端者の悲しみ』の主人公のような、クラスのハズれ者であるハツの心理が描かれます。協調性のないハツはクラスで孤立しつつもいっそそのことを誇りすらしていて、愚鈍でマイペースな「にな川」に対して優越感や支配欲、加害欲、あるいは同族嫌悪のようなものを抱えています。
そんな名状し難い「にな川」への感情をタイトルの「蹴りたい背中」が意味しています。
スクールカーストもの
この作品は所謂スクールカーストもののような特徴を持っています。たとえばヘッカーリング監督『クルーレス』のように、学校という共同体の実践の中での不適切な、劣位の社交のあり方が風刺的に描写されています。『クルーレス』は、オースティン『エマ』の翻案であって、オースティンの場合も同時代の社会、共同体の中での不適切なコミュニケーションを喜劇として描いているのですが、こうした構図は諸々の社会的コミュニティにおける翻案として転用が効きそうです。
本作もそのような、学校という共同体における心理劇を展開します。
物語世界
あらすじ
授業で仲間外れにされたハツは、同じ班のにな川が読んでいる女性ファッション誌のモデルのオリちゃんに目がとまります。ハツは中学生のとき、隣町の無印良品でオリチャンに会ったことがあり、その話をするとにな川は興味を持ちます。
放課後彼の家に呼ばれます。後日ハツはにな川に頼まれ、オリチャンと会った無印良品へ向かいます。そしてにな川の家で休憩する二人ですが、ハツはオリチャンのアイコラを見つけます。ハツは変な気持ちになり、にな川を後ろから蹴ります。
その後、にな川が学校を4日間休みます。ハツはにな川の家にお見舞いに行きます。実はにな川は徹夜でオリチャンのライブのチケットを取ろうとして、風邪を引いていました。にな川はチケットを4枚買っており、ハツは一緒に行こうと誘われます。友人は絹代しかいないので、絹代を誘って3人でライブに行きます。絹代はハツとにな川を恋人と思いますが、ハツはそうでないと思います。
ライブから帰ると、バスはもうありません仕方なくハツと絹代はにな川の家に泊まります。ハツは眠れず、ベランダでにな川と話をします。にな川がハツの方を背にして寝転がると、ハツはにな川の背中を蹴ろうとします。指が当たり、にな川が気づくものの、ハツは知らないふりをします。
登場人物
- ハツ:語り手。自意識過剰で、クラスで孤立している
- にな川:オリちゃんの大ファンのクラスメイト。「無意識過剰」でマイペース。
総評
青春の痛さを描くティーンエイジスカースの佳品
青春の痛々しさを描くティーンエイジスカースの佳品です。おすすめ。
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