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イシグロ『充たされざる者』解説あらすじ

カズオ=イシグロ
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始めに

 イシグロ『充たされざる者』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

セルバンテス、ドストエフスキー流のバロック喜劇。サヴォイオペラ、バーレスク

 イシグロのステレオタイプがもたらすグロテスクな笑いは、イシグロが私淑したドストエフスキー(『罪と罰』『悪霊』)などのロシア作家に加え、それに影響したセルバンテス(『ドン=キホーテ』)、セルバンテスを水源とするバーレスクやサヴォイ=オペラを連想させます。たとえばサヴォイ=オペラの代表作『ミカド』のように、誇張されたエスニシティ、ステレオタイプを駆使してグロテスクな風習喜劇が展開されます。

カフカ『城』的不条理

 本作はカフカ『』の影響が見えます。

 カフカはホーフマンスタール、ゲーテ(『ファウスト』『若きウェルテルの悩み』)などの象徴主義、ロマン主義といった幻想文学からの影響が顕著です。加えてフローベール(『ボヴァリー夫人』『感情教育』)、ドストエフスキーなどの写実主義の作家からの影響が顕著です。

 またカフカに影響したドストエフスキー『分身』は幻想文学としてのファンタジックなモチーフと絡めて、風習喜劇的なリアリスティックな心理劇を展開した内容になっています。カフカもこうした、ファンタジーなどの非現実的な要素と絡めてリアリズムを展開する手腕に長けています。この辺りはカズオ=イシグロと重なります。

 カフカ作品は『変身』『審判』など、何らかの象徴性を帯びているようなファンタジックな内容の作品が多く、とはいえカフカ作品における象徴や寓意性はジョイス『ダブリン市民』やベケット『ゴドーを待ちながら』における象徴的な手法にも似て、特定のテーマや意味に還元できるようなシンプルな象徴的な物語としてデザインされていません。象徴的な内容でありつつ、それが何の象徴であるかは明示されないことから、多様な解釈に開かれています。

 例えばカフカ『』では、村に敷かれた徹底的なマニュアル主義のもとで、主人公の目的は先延ばしされていき、いつまでたっても不毛な時間を過ごすことになります。これさ反ユダヤ主義やハプスブルク家の名残などに裏付けられた、官僚主義の不条理の象徴にも見えますし、他のさまざまな解釈に開かれています。

 本作でも、世界的ピアニストのライダーが『』と似たような不条理に置かれます。彼はあるヨーロッパの町に降り立ちますが、日程や演目さえ彼にはわからず、なぜか救世主のように期待されて、覚えていない予定や約束の網に巻き込まれ、木曜夜の公演までに約束を果たそうと奮闘するものの、自分の無能さに苛立ちます。

モダニズムと神話的象徴

 イシグロなども包摂する、モダニズム文学ジャンルはT=S=エリオットの『荒地』などを皮切りに、ジョイス(『ユリシーズ』)、三島由紀夫(『奔馬』)、大江健三郎(『万延元年のフットボール』『取り替え子』)など、神話的象徴の手法を取り入れるようになりました。これは神話の象徴として特定の対象が描写され、新しい形で神話や特定の対象が発見される機知が喚起する想像力に着目するアプローチです。

 例えば『ユリシーズ』では冴えない中年の広告取りレオポルド=ブルームを中心に、ダブリンの1904年6月16日を様々な文体で描きます。タイトルの『ユリシーズ』はオデュッセウスに由来し、物語全体はホメロスの『オデュッセイア』と対応関係を持っています。テレマコスの象徴となるスティーブン=ディーダラス、オデュッセウスの象徴としてのレオポルド=ブルームのほか、さまざまな象徴が展開されます。

 本作でも、主人公のライダーはジョイス文学にも似て、預言者のパロディ的なキャラクターになっています。そして、レオポルド=ブルームのように、充たされないまま孤独に街をさすらいます

預言者のドラマ

 本作で主人公のピアニストのライダーは預言者のようなキャラクターです。あるヨーロッパの町に降り立ち、わけもわからないまま町の「危機」を乗り越えるための最後の望みのように扱われてしまいます。

 こうしたデザインは全体的に、イシグロ文学の特徴であるポストコロニアル文学としてしばしば批判の対象になるファシズムやその背後にある他責的で自己正当化にはたらく心理的合理性などを象徴として描くものと解釈できます

物語世界

あらすじ

 この小説は 3 日間を描きます。世界的ピアニストのライダーは、あるヨーロッパの町に降り立ちます。「木曜の夕べ」という催しで演奏する予定のようですが、日程や演目さえ彼にはわかりません。ただ、演奏会は町の「危機」を乗り越えるための最後の望みのようで、一部の市民から強く期待されています。

 ライダーはそれとなくあれこれの詳細を探るものの、奇妙な相談をもちかける市民たちが次々と邪魔します。

 ライダーは覚えていない予定や約束の網に巻き込まれ、木曜夜の公演までに約束を果たそうと奮闘し、自分の無能さに苛立ちます。結局最後まで、煮え切らないまま物語は終わります。

参考文献

・「ノーベル文学賞 カズオ・イシグロが語った日本への思い、村上春樹のこと」.文春オンライン.2017/10/06.

・新井潤美『不機嫌なメリー=ポピンズ』(平凡社.2005)

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