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イシグロ『クララとお日さま』解説あらすじ

カズオ=イシグロ
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始めに

イシグロ『クララとお日さま』解説あらすじを書いていきます。

 

背景知識、語りの構造

セルバンテス、ドストエフスキー流のバロック喜劇。サヴォイオペラ、バーレスク

 イシグロのステレオタイプがもたらすグロテスクな笑いは、イシグロが私淑したドストエフスキー(『罪と罰』『悪霊』)などのロシア作家に加え、それに影響したセルバンテス(『ドン=キホーテ』)、セルバンテスを水源とするバーレスクやサヴォイ=オペラを連想させます。

 たとえばサヴォイ=オペラの代表作『ミカド』のように、誇張されたエスニシティ、ステレオタイプを駆使してグロテスクな風習喜劇が展開されます。

語りの構造

 本作はアンドロイドのクララが語りてです。一部の子供たちが学力を高めるために遺伝子操作(「リフト」)されている未来が舞台で、余裕のある親は子供たちに友達としてアンドロイドを買うことがよくあります。この本は、クララと呼ばれる人工友人(AF)の1人によって語られます

 クララは知的で観察力に優れていますが、世界に関する彼女の知識は限られていて、世界を正確に認識できません。クララは、階級制度などについて、不確かにしか理解できていません。

信頼できない語り

 本作はクララというマイノリティの朦朧とした語りを通じて階級と差別を描く物語になっていて、『わたしを離さないで』などと重なります。『わたしを離さないででは差別される側の存在であるキャシーの周囲で起こった悲劇を、マイノリティの歪められた視点から描く作品でしたが、似たようなコンセプトです。

 クララは人工知能でものを考えているために、対象をしばしば正しく認識できず、太陽を擬人化して捉えています。タイトルはこのクララの不確かな認識を象徴するものになっています。

 クララはジョジ―という少女のもとに引き取られて、ジョジ―の世話をしていました。ジョジ―は虚弱で、リックという貧しい階級の友達がいました。やがてジョジ―は健康を取り戻し、大人になってマジョリティになって、リックとも距離をおき、クララは必要なくなって廃棄されてしまいます。

 それでもクララは自分が廃棄されても、自分が何をされているのかわからず、ジョジ―とリックについても誤解しています。リックはジョジ―と人生の道は違っても、二人の愛は本物であり、ある意味ではずっと一緒にいるだろうと話していて、最後まで太陽から受ける恩寵を盲目的に信じています。

ポストコロニアルなテーマ

 クララはマジョリティの道具として、人間に作られたものです。クララの、マジョリティである他者によってアイデンティティをつくられ、マジョリティに都合よく利用され、自分を搾る不正義を認識すらできないまま廃棄されてしまうという悲劇は、マイノリティの植民地や階級制度の中などでの悲劇の寓話です

 結局階級や差別という制度のなかにおいて、制度によって個々のエージェントのアイデンティティが決定づけられ、不正義は透明なものになって、虐げられる側は自分たちの境遇を運命として受け入れてしまい、ともすれば不正義に加担してしまいます。クララは太陽を擬人化して崇拝していましたが、宗教的崇高さで操作して支配する、というのは古今東西の権力が展開してきたことの寓話です。

 結局、権力によって自由や権利が不当に侵害され、また認識、選好といったものが決定的に歪められてしまっているために、現実を正確に認識することのできないマイノリティの悲劇を象徴するような物語になっています。これが権力の最も狡猾な側面で、植民地や階級といったイギリス帝国が流布する制度を支えてきました。

物語世界

あらすじ

 一部の子供たちが学力を高めるために遺伝子操作(「リフト」)されている未来。学校教育は画面上の家庭教師によって完全に自宅で行われ、余裕のある親は子供たちに友達としてアンドロイドを買うことがよくあります。この本は、クララと呼ばれる人工友人(AF)の1人によって語られます。クララは非常に知的で観察力に優れていますが、世界に関する彼女の知識は限られています。

 クララは、自分が売られている店の窓から、外の世界について学び、太陽を観察します。彼女は太陽をいつも「彼」と呼び、生き物として扱います。太陽で動く AF なので、太陽の栄養は大切です。あるとき、彼女は、物乞いとその犬がいつもの姿勢ではないことに気付きます。彼らは捨てられた袋のように横たわり、一日中動きません。しかし翌朝、彼らが生きていて、太陽が特別な栄養で彼らを救ったことを知り、クララは驚きます。

 クララは、数日間外の通りに立って、太陽光を完全に遮る汚染物質を吐き出す「クーティングス・マシーン」と呼ぶものを恐れ、憎むようになります。

 クララは、人里離れた草原地帯で母親と暮らす 14 歳のジョジ―に選ばれます。ジョジ―の姉サルは以前亡くなっており、ジョジ―自身も重病を患っていました。

 ジョジ―の唯一の近所の住人で幼なじみは、彼女と同い年の少年リックです。学業は優秀ですが、リックは恵まれず、差別や将来的な就職難に直面しています。それにもかかわらず、ジョジ―とリックはずっと一緒にいました。

 ジョジ―の寝室からクララは太陽が空を横切る様子をよく見ることができ、太陽は地平線に立つ農家の納屋で毎晩休んでいると信じます。ある晩、リックの助けを借りて、彼女は草原を横切ってそこへ向かいます。太陽の休息場所が実際には納屋ではないことに驚きながらも、彼女は太陽に特別な栄養を与えて、乞食にしたようにジョジ―の命を救ってほしいと懇願します。彼女はその見返りとして、汚染物質を排出するクーティングス マシンを見つけて破壊することを申し出ます。

 ジョジ―の母親はクララにジョジ―の真似をするよう頼むが、クララはそれをほぼ完璧にこなします。母親は定期的にジョジ―を肖像画のモデルにするために連れて行くが、娘には知られていないが、画家が作っているのは絵画ではなく、非常に精密なAFボディでした。母親は、ジョジ―が死んだらクララをそのなかに取り入れようとしていました。

 クララが次にジョジ―と一緒に町に入ったとき、彼女はクーティングス マシンを見つけて破壊し、その過程で頭の中にあるPEGナイン溶液の一部を犠牲にし、それを失うことで能力が低下する可能性があることを受け入れました。しかし、ジョジ―の状態は悪化し、太陽は反応しません。クララは納屋に戻ってもう一度嘆願し、太陽にジョシーとリックの真実で永遠の愛を思い出させます。数日後、ジョジ―が死にそうになったとき、クララは突然暗い雲が晴れ、太陽が特別な光を彼女の病室に送り込むのを見ます。ジョジ―はすぐに良くなったように見え、その後数か月で健康を取り戻しました。

 ジョジ―は成長するにつれ、リックから遠ざかり始めます。クララは太陽を騙してしまったのではないかと心配し、リックはジョジ―と人生の道は違っても、二人の愛は本物であり、ある意味ではずっと一緒にいるだろうと説明します。ジョジ―は大学へ行き、クララに別れを告げます。

 小説は、クララが廃車置き場に落ち着くところで終わります。彼女はもう動き回ることはできませんが、置き場の自分の場所に満足しており、他の車との付き合いは断っています。以前彼女の販売店を経営していた店長が訪ねてきて、クララは楽しい思い出とジョジ―に対する太陽の素晴らしい優しさを語ります。

参考文献

・「ノーベル文学賞 カズオ・イシグロが語った日本への思い、村上春樹のこと」.文春オンライン.2017/10/06.

・新井潤美『不機嫌なメリー=ポピンズ』(平凡社.2005)

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