始めに
イシグロ『遠い山なみの光』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
セルバンテス、ドストエフスキー流のバロック喜劇。サヴォイオペラ、バーレスク
イシグロのステレオタイプがもたらすグロテスクな笑いは、イシグロが私淑したドストエフスキー(『罪と罰』『悪霊』)などのロシア作家に加え、それに影響したセルバンテス(『ドン=キホーテ』)、セルバンテスを水源とするバーレスクやサヴォイ=オペラを連想させます。
たとえばサヴォイ=オペラの代表作『ミカド』のように、誇張されたエスニシティ、ステレオタイプを駆使してグロテスクな風習喜劇が展開されます。
語りの構造
本作はイシグロが得意とする、信頼できない語り手の手法をとっています。これは、語り手が何らかの理由で読者に誤解を与える形で語りを展開するデザインです。罪の意識、罪悪感、自己正当化から記憶や事実を歪めてしまう語りのデザインは『日の名残り』『浮世の画家』と共通です。
本作は語り手が悦子という女性で、娘のニキが訪ねてきたために、彼女に対して、自分のイギリスでの暮らしをふりかえって見せます。
やがてその語りの中で、景子という悦子の娘(前の夫との子)がイギリスに適応できずに引きこもり、自殺してしまった後悔が綴られるのですが、悦子はやがて佐知子という女性の話をするのですが、彼女の話が驚くほど悦子の話と似ています。
このことから、佐知子という存在はまず実在するのかも分からず、悦子が自分の罪悪感を投影したキャラクターかもしれません。あるいは佐知子は存在しているものの、彼女に強いシンパシーを感じ、いつからか自分と重ねたことで、自分の過去と区別がつかなくなっているかも知れないことが解釈できる語りになっています。
物語世界
あらすじ
娘のニキがロンドンからイギリスの片田舎へと訪ねてきたとき、悦子は日本での自分の人生と、日本を離れてイギリスに移住した経緯を振り返ります。
悦子の説明によると、悦子と日本人の夫の次郎には娘が一人生まれ、数年後に悦子はイギリス人の男性と出会い、彼とともにイギリスに移住したのでした。悦子は長女の景子を連れてイギリスに行き、新しい夫と一緒に暮らしました。悦子と新しい夫の間に娘が生まれたとき、悦子は娘に「現代風」な名前を付けたいと考え、夫は東洋風の名前を希望したため、妥協して「ニキ」としました。
イギリスでは、景子はますます孤独になり、非社交的になります。景子は成長するにつれて部屋に閉じこもり、台所に母親が置いていった夕食をたべるときにだけ部屋からでました。この不穏な行動は景子の自殺で終わり、強い後悔に襲われる悦子でした。
悦子は娘のニキに、日本に佐知子という友達がいたことを話します。佐知子には万里子という娘がいたものの、悦子の記憶では万里子は極めて孤独で非社交的な少女でした。佐知子は万里子を「フランク」と名乗るアメリカ兵と一緒にアメリカに連れて行く計画を立てていたそうです。佐知子の話は悦子とそっくりです。
ニキはその後、ロンドンへ帰ります。
参考文献
・「ノーベル文学賞 カズオ・イシグロが語った日本への思い、村上春樹のこと」.文春オンライン.2017/10/06.
・新井潤美『不機嫌なメリー=ポピンズ』(平凡社.2005)




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