始めに
始めに
最近、カズオ=イシグロがリメイクした黒澤明監督『生きる』が話題になっています。今回はイシグロの代表作、『日の名残り』のレビューを書いていきます。
語りの構造、演出
等質物語世界の語り、過去を後置的に後説法で物語る
この作品では等質物語世界の語り手スティーブンスが1956年におり、現在と第二次対戦前の過去を中心に物語ます。『日の名残り』というタイトルは、英国ひいてはスティーブンスにとって輝かしい過去の日々のことです。
芥川「地獄変」のような語り。信頼できない語り
語り手である執事スティーブンスは、たとえば芥川「地獄変」にも似た信頼できない語り手で、物語世界内の事実を正確に物語ろうとしません。主人であるダーリントン卿を崇拝し、その人となりについて正確なところを直視しようとしません。過去の罪により歪んだ語りは『遠い山なみの光』『浮世の画家』でも展開されます。
スティーブンスという語り手は、英国を代表するステレオタイプであるバトラー(執事)として描かれていますが、これによってイシグロは、イギリスというネーションのパロディを展開します。つまるところスティーブンスの無垢を装った偽善、現実逃避的な不正義は、帝国時代におけるイギリスのあり方そのものなのです。
こうした構図はダーリントン卿と重なり合います。ダーリントン卿のモデルはおそらく対独宥和により大戦の拡大を招いたネヴィル=チェンバレンで、反戦の名目のもとナチス=ドイツに加担する偽善が描かれています。ダーリントン卿は純粋な悪人ではありませんが、それが成した不正義は計り知れない帰結ももたらしました。
無垢の時代
もう一つこの作品の中心となっているのは、ヴィクトリア朝時代から戦前における「無垢の時代」の中での、ミス=ケントンに対するスティーブンスの不誠実な対応です。スティーブンスは、無垢を装うことでミス=ケントンが自分へと寄せる想いに向き合おうとしません。たとえば大英帝国ならびにイギリスが、植民地世界やロウアークラスの困窮における責任から無垢を纏って目を背けるように、スティーブンスはミス=ケントンの想いに目を背け続けます。
このようにミクロなアンフェアをマクロなアンフェアの象徴として捉えています。
セルバンテス、ドストエフスキー流のバロック喜劇。サヴォイオペラ、バーレスク
こうしたステレオタイプがもたらすグロテスクな笑いは、イシグロが私淑したドストエフスキー(『罪と罰』『悪霊』)などのロシア作家に加え、それに影響したセルバンテス(『ドン=キホーテ』)、セルバンテスを水源とするバーレスクやサヴォイ=オペラを連想させます。
たとえばサヴォイ=オペラの代表作『ミカド』のように、誇張されたエスニシティ、ステレオタイプを駆使してグロテスクな風習喜劇が展開されます。
最後に流す涙
この作品では無垢を装い全てから目を逸らし続けたスティーブンスが最後に流すグロテスクな涙が印象的です。
そこにはたとえば黒澤明監督『生きる』のような、真実の内省はなく、むしろゴールディング『蝿の王』のラストを連想させます。
物語世界
あらすじ
一人称の語りで、ダーリントン卿に忠実に仕えるために人生を捧げたイギリス人執事スティーブンスの物語です。
1956 年。スティーブンスは、元同僚で家政婦のミス ケントンから、結婚生活について書かれた手紙を受け取ります。スティーブンスは、それが不幸な結婚生活を暗示していると考えます。さらに、ダーリントン ホールは人手不足で、ミス=ケントンのような有能な家政婦が大いに必要です。スティーブンスはミス=ケントンを訪ねることを検討します。彼の新しい雇い主である裕福なアメリカ人のファラデー氏は、スティーブンスに自分の車を借りて、十分に稼いだ休暇、つまり「ドライブ旅行」に出かけるよう勧めます。スティーブンスはそれを承諾し、ミス=ケントン (ベン夫人) が住むコーンウォールのリトル コンプトンに向かいます。
旅の途中で、スティーブンスは、第二次世界大戦前の数年間、国際情勢に影響を与えようとドイツ支持者とイギリス貴族との豪華な会合を主催したダーリントン卿への揺るぎない忠誠心、「品位」 という言葉の意味、優れた執事とは何か、そして、奉仕に人生を捧げたもう 1 人の 「生真面目な」男、亡き父との関係について思いを巡らせます。やがてスティーブンスはダーリントン卿の性格と評判、そしてミス=ケントンとの関係の真の性質について考えざるを得なくなります。
1930 年代に一緒に働いていたとき、スティーブンスとミス・ケントンはお互いに対する本当の気持ちを認めることができませんでした。二人の仕事上の友情が時折恋愛に発展しそうになったものの、これはどちらも越えられない境界線でした。特にスティーブンスは、ミス・ケントンが彼に近づこうとしても決して譲りません。
ついに再会したベン夫人は、結婚して20年以上が経ち、結婚は間違いだったのではないかと考えていたことを認めたが、夫を愛するようになり、初めての孫の誕生を楽しみにしていると語ります。スティーブンスはその後、ミス・ケントンとの失われた機会と、ダーリントン卿への何十年にもわたる献身的な奉仕について考えます。ダーリントン卿は、スティーブンスの無条件の忠誠に値しなかったかもしれません。
けれどもスティーブンスは、人生では過去にこだわるよりも今を楽しむ方が良いと思います。なぜなら「夕方」は結局のところ一日の中で一番良い時間だからです。スティーブンスは「一日の残り」に焦点を当て、ファラデー氏との将来の奉仕と自分自身の人生の残りについて語るのでした。
登場人物
- スティーブンス:バトラー。主人ダーリントン卿は敬愛していた。
- ダーリントン卿:第二次対戦中、対独宥和に心血を注いだ
- ミス=ケントン:かつてのスティーブンスの同僚。
総評
ドストエフスキー、ナボコフのような、黒いグロテスクな笑い
ドストエフスキー(『罪と罰』『悪霊』)やナボコフ(『ロリータ』)の作品のような、黒い風習喜劇です。おすすめ
関連作品、関連おすすめ作品
・イーディス=ウォートン『無垢の時代』(スコセッシが映画化):貞操神話のパロディ
・辻村深月『鍵のない夢を見る』:等質物語世界の語りが生む黒い笑い。
・『キル=ビル』シリーズ(1.2):バーレスク、サヴォイ=オペラ的な誇張的な日本のエスニシティの表象
参考文献
・「ノーベル文学賞 カズオ・イシグロが語った日本への思い、村上春樹のこと」.文春オンライン.2017/10/06.
・新井潤美『不機嫌なメリー=ポピンズ』(平凡社.2005)




コメント