始めに
オーウェル『1984』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
オーウェルの作家性
エフゲニー・ザミャーチン『われら』は『1984年』の最大の直接的インスピレーション源です。オーウェル自身も書評を執筆し、監視統制社会の描写において強い影響を受けています。
アーサー・ケストラーは『真昼の暗黒』で描かれたスターリニズムの恐怖や精神的尋問のメカニズムが、『1984年』の拷問思考統制のリアルな描写に影を落としています。
ジェイムズ・バーナムは政治思想家で、『経営者革命』で提示された超大国による世界分割や管理者階級の支配という地政学構想が、『1984年』の世界観の枠組みとなりました。
ハクスリーは『すばらしい新世界』の著者で、イートン校時代のオーウェルのフランス語教師でした。ディストピア文学の先達として深い対話と影響関係にありました。
サマセット・モームはオーウェルが最も愛読し、文体の手本とした作家です。余計な装飾を排した直感的で簡潔、平易な散文スタイルに強く影響を受けました。
ジャック・ロンドンは貧困層の密着ルポ『どん底の人々』は『パリ・ロンドンどん底生活』や『ウィガン埠頭への道』の直接的な手本となり、ディストピア小説『鉄の踵』のファシズム予言も高く評価していました。
ジョナサン・スウィフト『ガリバー旅行記』を愛読し、反政治的反帝国主義的な過激な風刺の手法は、『動物農場』などの寓意・政治小説の基礎となっています。
チャールズ・ディケンズの社会的不平等への異議申し立てや、庶民や民衆文化への共感の形成に大きな影響を与えました。
ユートピア文学、ディストピア文学
本作はユートピア文学、ディストピア文学の作品です。
ユートピアという言葉は、1516年に出版されたイギリスの思想家トマス=モアの著作『ユートピア』(Utopia)で初めて用いられました。ユートピアという言葉は、ギリシア語の outopos(存在しない場所)と eutopos(良い場所)の両者を踏まえ、理想的な国家に関する両義的で皮肉なモデルをそこで提起しました。これがその後のユートピア文学、ディストピア文学のモードに影響します。
ピカレスクと英米文学
英米文学は、ピカレスクというスペインの文学ジャンルからの影響が顕著です。ピカレスクは、アウトローを主人公とする文学ジャンルです。ピカレスクは「悪漢小説」とも訳されますが、傾向としてピカレスクの主人公は悪人ではなく、アウトローではあっても、正義や人情に篤く、その視点から世俗の偽善や悪を批判的に描きます。高倉健のヤクザ映画みたいな感じで、主人公はアウトローだけど善玉、みたいな傾向が強いです。
このピカレスクから英文学は顕著な影響をうけ、しかしフィールディング『トム=ジョーンズ』などを皮切りに、ピカレスクに刺激されつつも、それを英文学固有の表現として継承していきました。デフォー『モル=フランダーズ』なども有名です。
そうした土壌の上で、ディケンズ『デイヴィッド=ゴッパーフィールド』、トウェイン『ハックルベリー=フィンの冒険』も展開されましたが、トウェインはオーウェルも好んだ作家でありました。
本作もトウェイン『ハックルベリー=フィンの冒険』の冒険のように、ふとしたことから周囲の不正義に気が付き、抗おうとし始める主人公が描かれます。
モーム、スウィフト的サタイア
オーウェルはサマセット=モーム(『人間の絆』『月と六ペンス』)やスウィフト(『ガリヴァー旅行記』)の作品を好んでいました。ふたりとも風刺的な作品を特徴としています。
スウィフトには『ガリヴァー旅行記』があり、あれが異世界冒険譚でありディストピアめいた世界をも描いていたのが印象的ですが、本作も全体主義がもたらすディストピアを描いています。
ロレンス、フォースター的なリベラリズム
またD.H.ロレンス(『チャタレイ夫人の恋人』)やE.M.フォースター(『インドへの道』)のリベラリズム、自由主義からもオーウェルは影響され、自身も自由のためにファシズムに抗い、スペイン内戦への参加の中で『カタロニア讃歌』をものしました。
本作は監視社会によって自由が損なわれた全体主義社会がもたらす悲劇を描きつつ、最後は歴史への希望も見え隠れします。
ロンドン『鉄の踵』からの影響
オーウェル自身がエッセイでロンドン『鉄の踵』を高く評価しており、種々の要素が『1984年』に引き継がれています。
『1984年』の有名なセリフ「未来のイメージを望むなら、人間の顔をブーツで踏みにじる光景を想像しろ」は、『鉄の踵』というタイトルや作中の徹底的な暴力支配への直接的なオマージュです。『鉄の踵』は主人公エイヴィスが潜伏中に残した手記という形式ですが、『1984年』の主人公ウィンストンが党に隠れて日記を書く設定のモデルになっています。労働者側の反乱(シカゴ蜂起)が「鉄の踵」によって過酷かつ血まみれに鎮圧され、絶対的な支配が続くという絶望的な結末は、オーウェルの描く暗黒の未来像の原点となりました。
チェスタトン『ノッティングヒルのナポレオン』との共通性
チェスタトンが1904年に書いた『ノッティングヒルのナポレオン』の舞台が、「1984年のロンドン」です。オーウェルが『1984年』というタイトルをつけた理由として「執筆した1948年の『48』をひっくり返した」という説が有名ですが、チェスタトンの『ノッティングヒルのナポレオン』から取ったという説もあります。
『ノッティングヒルのナポレオン』は政治が完全に効率化され、民主主義も革命も消えて人々が無関心、無気力になった退屈な世界でランダムに選ばれた変な王様が冗談でロンドンの各地区(ノッティングヒルなど)を中世風の独立国に分けたところ、市民たちがそれを真に受けて本気の愛国心に目覚め、街中で弓矢や剣を持った戦争を始めてしまうというユーモラスな政治風刺劇です。
オーウェルの本作も 同じく政治が固定化し、歴史や文化が奪われた世界ですが、そこでは冗談や愛国心すら許されず、全体主義国家が恐怖で人間性を粉砕します。チェスタトンが無味乾燥な巨大システムに対する民衆の滑稽な逆襲として描いた1984年を、オーウェルは巨大システムの恐怖のリアリズムとして描いています。
オーウェルが1928年に初めて活字となった文章を掲載したメディアは、チェスタトンの主宰誌『G.K.’s Weekly』でした。他方、チェスタトンの晩年のカトリック主義や政治的発言について非常に厳しい言葉でオーウェルは批判しており、最も知られているのは1945年のエッセイ『ナショナリズムについて』における批判です。なのでオーウェルはロンドンほどチェスタトンを無批判に絶賛したわけではありませんでした。
反共リベラル?
オーウェルは所謂”反共リベラル”というより、ジャック=ロンドンとか好きだったり民主社会主義者(社会主義者)で、リベラルのことは分配的正義を疎かにしがちだから相対的に評価してたものの、あくまでも『1984』『動物農場』は、現実社会主義国家における権威主義&国家資本主義を批判したものです。実際はそれらの作品がリベラルや保守(CIAとか)に”反社会主義”の文脈で解釈、利用されることが多くて嫌がってたし、オーウェルは資本主義に対しても批判的でした。
ロンドン『どん底の人々』に描かれる経済的弱者の悲惨な現実の描写に共感してオーウェル『パリ・ロンドン放浪記』はものされたし、そうした現実の生を直視し包摂しようとしない、リベラルの文化左派(承認政治)偏重には批判的でした。
物語世界
あらすじ
1950年代に第三次世界大戦の核戦争を経て、1984年現在、世界はオセアニア、ユーラシア、イースタシアの三つの超大国に分割統治されています。
舞台となるオセアニアでは、市民は常に「テレスクリーン」という双方向テレビジョン、また町に仕掛けられたマイクでほぼすべての行動が当局に監視されています。
オセアニアの構成地域である「エアストリップ・ワン(旧英国)」の最大都市ロンドンに住む主人公ウィンストン・スミスは、真理省の下級役人として歴史記録の修正作業をしています。やがてウィンストンは、古道具屋で買ったノートに自分の考え整理する、禁止された行為をします。また抹殺されたはずの3人が載った新聞記事を見つけ、体制に疑いを強めます。
「憎悪週間」に遭遇した同僚のジュリアから手紙で告白され、相愛になります。チャリントンという老人の店を隠れ家としてジュリアと過ごします。さらに、党内局の高級官僚であるオブライエンと出会い、現体制への疑問を告げます。エマニュエル・ゴールドスタインが書いた禁書をオブライエンより渡され、体制の裏側を知ります。
ところが思想警察だったチャリントンの密告により、ジュリアとウィンストンは思想警察に逮捕され、「愛情省」で尋問と拷問を受けます。最終的に彼は、愛情省の「101号室」で信念を砕かれて党の思想を受け入れ、処刑される日を想って心から党を愛しました。
しかしラストに『ニュースピークの諸原理』とされた解説文が附されて、標準的英語の過去形で記されていることなどから、未来においてはこの支配体制が崩れていると読み解けます。
参考文献
・Crick, Bernard. ”George Orwell: A Life”




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