始めに
ジョン・ドス・パソス『マンハッタン乗換駅』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ドスパソスの作家性
アメリカの広大な大地と大衆を肯定的に捉えるホイットマンの精神は、ドスパソスがアメリカそのものを小説の主人公にしようとした野心に繋がっています。エミール=ゾラやセオドア=ドライサーにおける社会の構造や経済的要因が個人の運命を決定するという自然主義的な視点は、ドスパソスの冷徹な社会観察に影響を与えました。
モダニズムからも影響されました。ジョイス『ユリシーズ』に見られる意識の流れの手法は、ドスパソスの「カメラアイ」セクション(著者の主観的な記憶を綴る部分)に大きなヒントを与えました。ブレーズ=サンドラールの、同時並行的でスピード感のある詩のスタイルは、ドスパソスが都会の喧騒や混沌を表現する際のモデルとなりました。
ドスパソスの最大の特徴は、文学に映画的技法を持ち込んだことです。ソ連の映画監督であるエイゼンシュテインのモンタージュ理論に強く影響を受けました。異なる断片を交互に繋ぎ合わせることで、読者の頭の中に時代の全体像を浮かび上がらせる手法を確立しました。
ソースティン・ヴェブレンは経済学者で、『有閑階級の理論』などは、ドスパソスがアメリカ資本主義の腐敗や浪費を批判する際の理論的支柱となりました。
ヘミングウェイは同時代の友人でありライバルです。初期の文体において互いに影響し合いましたが、後に政治的見解の相違から決別しました。
タイトルの意味
この小説には特定の主人公がいません。物語の主役は、絶えず拡大し、騒音を撒き散らし、人々を呑み込んでは吐き出すニューヨーク市そのものです。建物、地下鉄、高架鉄道、港といった無機質なものが、あたかも意志を持った生き物のように描かれます。
都会の匂い(調理場の悪臭、石炭の煙)、音(電車の轟音、群衆のざわめき)が断片的に描写され、読者は都会の混沌を追体験させられます。
タイトルの「マンハッタン・トランスファー」は、当時実在したニュージャージー州の鉄道乗換駅の名前です。これが作品全体の象徴となっています。人々は成功を求めてやってきますが、そこは定住の地ではなく、単なる通過点に過ぎません。登場人物たちは一瞬だけ交差し、すぐに離れていきます。深い繋がりが持てない都会の孤独と疎外感が強調されています。
語りの手法
1890年代から1920年代までのニューヨークを舞台に、理想が崩れ去る様子を二人の対照的な人物を通して描いています。具体的には、米西戦争の時代から、第一次世界大戦を経て、狂騒の20年代のジャズ・エイジの真っ只中までを、パノラマのように描き出しています。
ドス=パソスは、映画のモンタージュ技法を文学に持ち込みました。カメラが街のあちこちを素早く切り替えるように、短いエピソードが積み重ねられます。読者は、バラバラのパズルを組み合わせるようにして1920年代の狂騒の全体像を理解させられます。この断片化こそが、現代人の壊れた意識そのものを表しています。
エレン=サッチャーは野心的な女優です。何人もの男を乗り換え、富と名声を手に入れますが、その代償として感情を完全に失い、最後には自分自身がマネキンのような虚飾の存在になります。
ジミー=ハーフは感受性豊かな記者です。都会の腐敗と拝金主義に馴染めず、最終的にすべてを捨ててどこでもいいから遠くへとニューヨークを去ります。これは社会に対する敗北であり、唯一の精神的勝利でもあります。
物語世界
あらすじ
物語は、人々が成功を夢見てニューヨークに降り立つシーンから始まります。バド=コーペニングは田舎から「世界の中心」を目指してやってきた青年です。しかし、都会の冷たさに馴染めず、仕事も見つからず、最後は絶望してブルックリン橋から身を投じます。都会に拒絶された敗北者の象徴です。
ジミー=ハーフは幼い頃、裕福な母と共にニューヨークへやってきます。感受性が強く、都会の喧騒の中で自分の居場所を探し続けます。エレン=サッチャーは向上心の強い少女です。女優を目指し、都会の階段を登り始めます。
時が経ち、登場人物たちの人生が複雑に交差していきます。ニューヨークは巨大な磁石のように人々を引き寄せ、同時にすり潰していきます。
エレンは美貌と才能でスターの座を掴みます。最初の夫ジョーと別れ、次に奔放な青年スタン=エメリと愛し合いますが、スタンはアルコール中毒で焼死します。彼女は次第に、感情を押し殺して記号としての成功を演じるようになります。
記者になったジミーはエレンと結婚し、子供を設けます。しかし、金と地位ばかりを追う都会の空気に耐えられず、エレンとの溝も深まっていきます。
ジョージ=ボールドウィンは野心的な弁護士です。不倫や裏取引を繰り返しながら、社会的な地位を盤石にしていきます。
禁酒法時代のバブルに沸く中、物語は決定的な局面を迎えます。最終的にエレンは、有力者となったジョージ=ボールドウィンと再婚することを選びます。彼女はもはや愛を信じず、都会の完璧な歯車として生きる決意を固めます。
すべてに絶望したジミーは、記者職も家庭も捨てます。一文無しになった彼は、フェリーに乗ってニュージャージー側へ渡ります。街道を歩くジミーが、通りかかったトラックの運転手にどこまで行くんだと聞かれ、どこでもいいから遠くへと答えて物語は終わります。




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