始めに
ジョン・ドス・パソス『U.S.A.』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ドスパソスの作家性
アメリカの広大な大地と大衆を肯定的に捉えるホイットマンの精神は、ドスパソスがアメリカそのものを小説の主人公にしようとした野心に繋がっています。エミール=ゾラやセオドア=ドライサーにおける社会の構造や経済的要因が個人の運命を決定するという自然主義的な視点は、ドスパソスの冷徹な社会観察に影響を与えました。
モダニズムからも影響されました。ジョイス『ユリシーズ』に見られる意識の流れの手法は、ドスパソスの「カメラアイ」セクション(著者の主観的な記憶を綴る部分)に大きなヒントを与えました。ブレーズ=サンドラールの、同時並行的でスピード感のある詩のスタイルは、ドスパソスが都会の喧騒や混沌を表現する際のモデルとなりました。
ドスパソスの最大の特徴は、文学に映画的技法を持ち込んだことです。ソ連の映画監督であるエイゼンシュテインのモンタージュ理論に強く影響を受けました。異なる断片を交互に繋ぎ合わせることで、読者の頭の中に時代の全体像を浮かび上がらせる手法を確立しました。
ソースティン・ヴェブレンは経済学者で、『有閑階級の理論』などは、ドスパソスがアメリカ資本主義の腐敗や浪費を批判する際の理論的支柱となりました。
ヘミングウェイは同時代の友人でありライバルです。初期の文体において互いに影響し合いましたが、後に政治的見解の相違から決別しました。
アメリカの悲劇
かつてのアメリカの理想が、強欲な資本主義と物質主義によっていかに破壊されていったかがテーマです。成功を追い求める登場人物たちが、富を得る過程で自らの魂や誠実さを失っていく姿が冷徹に描かれます。成功が幸福ではなく、精神的な空虚や破滅をもたらす皮肉が強調されています。
この作品では、個人がどれほど努力しても、経済、政治、戦争といった巨大な歴史の歯車には抗えないという決定論的な視点があります。労働組合の活動家から野心的なビジネスマンまで、あらゆる階級の人間が登場しますが、彼らは皆、自分たちのコントロールできない社会情勢に翻弄されます。
歴史叙述
ドスパソスは、アメリカが富める者と貧しい者の二つの相容れない国家に分裂してしまったと考えていました。1920年代の狂騒の中、格差が広がり、社会の絆が失われていく様子が描かれます。
サッコ=ヴァンゼッティ事件(イタリア系移民の冤罪事件)を象徴的に扱い、アメリカの正義が死んだことを嘆いています。
物語だけでなく、実際のニュース記事や流行歌、有名人の伝記を挿入することで、客観的な歴史と個人の主観的な経験を衝突させることを試みています。読者は、個人の小さな物語が、巨大な時代の流れの中に飲み込まれていく様子をダイレクトに体験することになります。
物語世界
あらすじ
『並行42年説』
20世紀初頭、アメリカがまだ成功のチャンスを信じていた時代の群像劇です。
マック(フェイニー=マクリアリー)はシカゴの貧しい家庭で育ち、印刷工から労働組合(IWW)の活動家になります。メキシコ革命に身を投じますが、現地の女性と結婚して家庭に縛られ、理想と現実の板挟みになります。結局、すべてを捨てて再び放浪の旅に出る、労働階級の混迷」を象徴する男です。
J=ウォード=ムーアハウスは不動産業から始まり、持ち前の弁舌でパブリック・リレーションズという新しい職業を確立します。資本家の味方として世論を操作する術を覚え、一介の青年から政財界の黒幕へと登り詰める、資本主義の成功者のプロトタイプです。
ジェイニー=ウィリアムズはワシントンの速記者です。堅実で真面目ですが、情緒に欠ける面があります。最終的にムーアハウスの秘書となり、彼の野心を支える右腕となります。
『1919年』
第一次世界大戦が勃発し、登場人物たちの人生はヨーロッパの戦場へと吸い寄せられ、摩耗していきます。
ジョー=ウィリアムズはジェイニーの兄で船乗りです。世界中の港を転々としますが、スパイ容疑で投獄されたり、理不尽な暴力に遭ったりと、国家という巨大な力に翻弄され続けます。最後はフランスの酒場で些細な喧嘩に巻き込まれ、あっけなく殺される持たざる者の無残な死を描きます。
リチャード=エルズワース=サヴェージ(ディック)はハーバード大卒のインテリ詩人です。志願して救護班として渡欧しますが、戦場の現実を見て冷笑的な野心家に変貌します。妊娠させた恋人ドーターを見捨て、戦後はムーアハウスの宣伝会社に入り、エリートの道を選びます。知性の敗北と腐敗を象徴します。
ドーター(アン=エリザベス=トレント) はテキサス出身の奔放な女性です。フランスでディックと恋に落ちますが、彼に拒絶された絶望の中、酔った勢いで飛行機に乗り込み墜落死します。
『ビッグ・マネー』
戦後のバブル経済。金がすべてを支配し、そしてすべてが崩壊へと向かいます。
チャーリー=アンダーソンは第1部では純朴な整備士でしたが、戦時中にエースパイロットとして活躍。帰国後、航空産業の寵児となり大富豪になります。しかし、株の投機、酒、女に溺れ、精神を病んでいきます。最期はフロリダで飲酒運転の末、列車と衝突して死亡します。アメリカン・ドリームの頂点と転落の象徴です。
メアリ=フレンチは社会奉仕に燃える理想主義的な女性です。労働運動に身を投じ、サッコ・ヴァンゼッティ事件の救済活動に心血を注ぎます。しかし、運動は失敗し、信じていたリーダーにも裏切られ、疲れ果てていきます。
マーゴ=ダウリングは美貌だけを武器に、どん底からハリウッドのスターまで這い上がる女性です。何人もの男を乗り換え、利用し、感情を殺して成功を掴みます。
物語の最後、サッコとヴァンゼッティの死刑が執行されます。これは当時のリベラル派にとって決定的な絶望でした。金を持つ者と持たざる者、支配する者と支配される者。かつて自由という名の下に一つだったはずのアメリカが、資本主義によって修復不可能なほど真っ二つに割れてしまったことを宣言し、物語は幕を閉じます。




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