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レム『枯草熱』解説あらすじ

レム
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始めに

 レム『枯草熱』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

レムの作家性

 レムは初期のSFジャンルから多くを学びましたが、同時にアメリカのパルプSFには批判的でもありました。

​ 科学的なアイデアを社会批評や哲学に結びつける手法において、レムはウェルズを高く評価していました。ステープルドンは『最後にして最初の人類』や『スター・メイカー』で知られる作家ですが、そこからも影響があります。

​ またスウィフト『ガリヴァー旅行記』、​ヴォルテールなどの風刺性も継承します。

​ ​ブルーノ=シュルツの幻想文学、​ヴィトルド=ゴンブローヴィッチの不条理も影響しました。

​ 他に​レムは文学だけでなく、当時の最新科学からも直接的な影響を受けています。​ノーバート=ウィーナーは「サイバネティクス」の提唱者でレム『技術論』は、ウィーナーらの情報理論への深い傾倒から生まれました。​クロード=シャノンは情報理論の父ですが、レムの「認識の限界」や「情報のノイズ」というテーマはそこからの影響が見えます。

偶然の悲劇

 ​作品は、高度に複雑化した現代社会では、悪意や意図がなくても、純粋な偶然の積み重ねが『事件』を引き起こしうると描きます。

 従来のミステリーでは犯人がいて動機があって犯行が行われます。しかし、本作では特定の犯人は存在せず、複数の無害な要因(薬物、環境、体質、天候など)が特定の順序で組み合わさった結果、致死的な事態を招きます。現代で言うところのカオス理論や複雑系の考え方に近く、個々の事象は些細でも、それらが連鎖したとき、予測不可能な巨大な結果を生む恐怖を描いています。

​アンチミステリー

 ​レムはこの作品を通じて、ホームズ以来の論理的推理で必ず真実(犯人)に辿り着けるというミステリーの様式美を否定しています。主人公(元宇宙飛行士)は合理的、科学的な調査を行いますが、調べれば調べるほど犯人という実体は消えていき、代わりに確率という実体のない壁にぶつかります。

 現代社会は情報に溢れており、その中から真に意味のある信号と、ただのノイズを見分けることは不可能であるという、情報理論的な絶望感が描かれています。

 ​レムは、人類が作り出した化学物質やテクノロジー、過密な都市環境そのものが、もはや人間には制御不能な第二の自然と化していることを指摘しています。

 作中では、ごく普通の抗アレルギー剤や消臭剤などの化学物質が、偶然の連鎖の中で凶器へと変貌します。これは、文明が高度化しすぎた結果、人間が自ら作り出した環境によって首を絞められる皮肉を象徴しています。

物語世界

あらすじ

 イタリアの保養地で、年齢も職業もバラバラな10人の外国人観光客が、相次いで不可解な死を遂げるという事件が発生します。彼らに共通していたのは、一人で行動していたことと、死の直前に狂乱状態に陥っていた(あるいは自殺した)ことだけでした。

​ 警察や情報機関(コンス=テ)は、何らかの陰謀やテロ、あるいは新型の毒物による暗殺を疑いますが、犯人の正体も動機も一切掴めません。

 主人公であるアメリカ人の元宇宙飛行士(「大佐」)は、被害者たちの属性(年齢、持病、行動パターン)に似せて設定された囮として、彼らが辿ったルートをなぞる調査を依頼されます。彼は、被害者たちが立ち寄ったホテルや薬局を巡り、彼らが使ったものと同じ薬を使い、同じ食事を摂ります。

 調査を進めるうちに、主人公の体にも異変が起こり始めます。激しい幻覚と恐怖、自殺衝動に襲われるのです。しかし、そこには毒を盛る犯人も、秘密結社も存在しませんでした。

 主人公が執念で導き出した結論は、犯人は人間ではなく、たまたま積み重なった偶然の連鎖であるということです。被害者たちは、それぞれが無害な複数の要因であるアレルギー薬、特殊な育毛剤、環境汚染物質、特定の食べ物などを摂取していました。それら一つ一つは無毒ですが、特定の順番や組み合わせで体内に取り込まれると、脳内でLSDに似た強力な幻覚作用を引き起こす化学物質へと変貌していました。意図的な犯行がなくとも、確率的な偶然だけで連続殺人が成立していたのです。

​ 主人公は辛うじて死を免れますが、この事件は解決したとは言えません。なぜなら、特定の犯人がいない以上、裁くことも防ぐことも不可能だからです。物語は、人間が論理や因果関係で世界を理解しようとすることの限界を突きつけ、静かに幕を閉じます。

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