始めに
レム『ソラリスの陽のもとに』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
レムの作家性
レムは初期のSFジャンルから多くを学びましたが、同時にアメリカのパルプSFには批判的でもありました。
科学的なアイデアを社会批評や哲学に結びつける手法において、レムはウェルズを高く評価していました。ステープルドンは『最後にして最初の人類』や『スター・メイカー』で知られる作家ですが、そこからも影響があります。
またスウィフト『ガリヴァー旅行記』、ヴォルテールなどの風刺性も継承します。
ブルーノ=シュルツの幻想文学、ヴィトルド=ゴンブローヴィッチの不条理も影響しました。
他にレムは文学だけでなく、当時の最新科学からも直接的な影響を受けています。ノーバート=ウィーナーは「サイバネティクス」の提唱者でレム『技術論』は、ウィーナーらの情報理論への深い傾倒から生まれました。クロード=シャノンは情報理論の父ですが、レムの「認識の限界」や「情報のノイズ」というテーマはそこからの影響が見えます。
ファーストコンタクトSF
SFの多くは宇宙人とどう話すかを描きますが、レムはそもそも理解し合える共通言語など存在しないのではないかという絶望的な断絶を描きました。
ソラリスの海は知性を持っているようですが、人間のような目も口も、目的意識すら持っているのか不明です。人間は海を理解しようと必死に観測(ソラリス学)を続けますが、結局は自分たちの知識や理論を当てはめているだけで、海そのものを見てはいません。
人間中心主義批判
作中の有名な台詞に「我々は宇宙を征服したいのではない。地球を宇宙の果てまで広げたいだけだ」というものがあります。人間が宇宙に求めているのは未知ではなく、自分たちを肯定してくれる鏡や似た者同士に過ぎないという批判です。
人類がどれほど進歩しても、自分たちの理解の枠組みから一歩も外に出られないという孤独を描いています。
ソラリスの海が乗組員たちの潜在意識から作り出した実体(Fクリーチャー)は、彼らが過去に犯した過ちや、抑圧した記憶の象徴です。記憶から再現された「ハリー」は、主人公ケルヴィンの愛した女性であると同時に、彼の罪悪感そのものです。宇宙の彼方まで来て、人間が対峙させられるのは、未知の怪物ではなく自分自身の内面であるという皮肉な構造になっています。
レムは、架空の学問である「ソラリス学」の歴史を延々と描写することで、科学がいかに無力であるかを強調しました。数世紀にわたる研究、数多の論文、膨大なデータがあっても、海がなぜそれを行うのかという根本的な問いには一歩も近づけません。
科学という理性の道具を使っても解決できない、形而上学的な領域があることを示唆しています。
物語世界
あらすじ
時は未来。青と赤のふたつの太陽のまわりをめぐり、有機的な活動を見せる不可思議な海で覆われた惑星ソラリスは、発見されて以来、数々の謎を生んできた歴史があり、それは「ソラリス学」という学問を誕生させました。ソラリス上空に浮かぶソラリス観測ステーションで発生する奇妙な現象と「海」の謎を探るために心理学者のケルビンがあらたに派遣され、到着します。
ケルビンはまず、先任者の一人であるスナウトに会うものの、まともな会話が成立しません。心理学者としてケルビンの先輩でもある先任研究員ギバリャンは自殺しています。ケルビンは黒人の大女がステーション内を歩いているのを目にします。もうひとりの先任研究員、自室に閉じこもりきりのサルトリウスの部屋には、小さな子供が走っているかのような様子がうかがえます。
ケルビンの居室にもやがて、10年前に自殺した恋人ハリーが現れます。ケルビンとハリーはかつて一緒に暮らしていたものの、ある日喧嘩をし、ケルビンは家から出て行きました。その去り際、ハリーは死んでやるとの意味の言葉をケルビンに投げかけたものの、ケルビンはできるわけがないとの不用意な言葉を返しました。そのあとケルビンは致死の薬が家にあることを思い出したものの、戻ったときにはハリーはそれを注射して死んでいました。
ケルビンの前にあらわれた「ハリー」はなぜ、自分がここにいるのか知らないのでした。ケルビンは恐ろしさのあまり、「ハリー」を脱出用ロケットに乗せ、宇宙へ飛ばしますが、また「ハリー」はケルビンの前に出現します。どうやら、それはソラリスの「海」が、ステーション内にいる人間の記憶から生み出すコピーのようです。研究員たちが「客」と呼ぶ彼らは、一見人間のようですが怪我をしてもすぐに再生します。一方では「海」が作っているのならば、「客」はソラリスを離れると消滅する存在ではないかと推測されます。
ケルビンはオリジナルのハリーの死への自責の念に苦しみながらも、「ハリー」を愛するようになります。一方でステーション内の図書室でソラリス学の研究史をひもときながら「海」の真意を探ります。
「ハリー」の血液を検査したケルビンの発見にヒントを得て、サルトリウスらは「客」を物理的に消滅させる方法を考案します。それはこちらの意識をX線にて「海」に照射して送るという方法でした。誰の意識を送るかはケルビンが選ばれます。
その実験は成功し、「ハリー」は消える。ケルビンはむなしいような名状しがたい感情に襲われるが、実は、ギバリャンが残した音声記録をこっそり聞いた「ハリー」は、自分が「海」に作られた物質であること、ケルビンに苦痛を与えていることを知り、サルトリウスの装置で消滅させられることを自ら選んだということを、「ハリー」の別れの手紙から知る。
「海」は「客」を送り込むことで、敵とみなした人類に苦痛を与えようとしていたのか、それとも好意を示そうとしていたのか、あるいはただ何かの実験、遊戯をしようとしていたのか。あまりにも人間とはかけ離れた存在である知的生命体である「海」の意図することはいまだもってわからない。ステーションで「ハリー」とケルビンがつちかった愛情にはどんな意味があったのか。すべての理解への道は果てしないが、ケルビンは「ハリー」喪失の虚無感を乗り越え、新たにこの未知の知的生命体とのあいだに起こる奇跡を信じ、期待して、ソラリスに残ることを選ぶ。




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