始めに
M.R.ジェイムズ『笛吹かば現れん』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ジェイムズの作家性
M.R.ジェイムズ自身が第一級の怪奇作家と絶賛し、埋もれていた作品を再編集して世に送り出したほどレ・ファニュに心酔していました。レ・ファニュは、それまでの古城に幽霊が出るといった大仰なゴシックホラーから脱却し、日常の中に忍び寄る心理的な不気味さを描きました。
スコットは歴史小説の大家ですが、ジェイムズは彼の描く歴史的背景に基づいた怪異に影響を受けました。スコットの『放蕩児の鏡』などの怪奇短編に見られる、歴史の重みと土地に根ざした呪いの組み合わせです。ヴィクトリア朝を代表するディケンズも、クリスマスの怪談という伝統を築いた一人で影響されました。
ジェイムズはケンブリッジ大学の副総長であり、中世の写本や教会のステンドグラスの研究者でした。彼にとって古い図書館の奥深くで、触れてはいけないものに触れてしまうという設定は、空想ではなく自分自身の生活のすぐ隣にある恐怖だったのです。
そばにある恐怖
主人公のパーキンズ教授は、非常に厳格で理屈っぽい合理主義者として描かれています。彼は幽霊や超自然的な存在を非科学的だと一蹴する人物です。目に見えるもの、証明できるものしか信じないという近代的な知性が、理屈の通じない古の恐怖に直面した時の無力感と崩壊を描いています。彼がその知的好奇心から古い笛を拾い、不用意に吹いてしまったことが破滅を招くという皮肉が効いています。
舞台は、寒々とした海岸沿いの静かなホテルで、 誰にも邪魔されないはずの一人の空間が、最も危険な場所に変わるという恐怖が描かれます。
タイトルの「笛吹かば現れん」は、ロバート=バーンズの古い歌の一節から取られています。本来は「恋人が口笛を吹いたら、すぐに駆けつけるよ」というロマンチックな文脈ですが、ジェイムズはこれを一度呼んでしまったら、逃げられない恐怖がやってくるという恐ろしい意味に転用しました。
ジェイムズの幽霊は、透き通った儚い存在ではありません。この作品のテーマの一つは、実体のある、生々しい恐怖です。本作に登場する何かは、空っぽのベッドのシーツを形作って襲いかかってきます。視覚的な恐怖以上に生理的な嫌悪感や触覚への訴えが、読者の本能的な恐怖を呼び起こします。
物語世界
あらすじ
厳格で疑い深い考古学教授のパーキンズは、休暇を利用してイギリス東海岸の町バーンストーを訪れます。彼は知人に頼まれ、かつてのテンプル騎士団の遺跡を調査することになります。そこで彼は、土の中から古ぼけた青銅の笛を見つけ出します。笛にはラテン語でこう刻まれていました。「吹けば、来ん(FLA FUR BIS)」「来る者は誰ぞ(QUIS EST ISTE QUI VENIT)」と。
合理主義者のパーキンズは、そんな迷信を鼻で笑い、汚れを落とすために軽く笛を吹いてしまいます。その直後、窓の外で突然激しい突風が吹き荒れますが、彼はただの偶然だと思い込みます。
その夜から、パーキンズの周囲で不可解な出来事が起こり始めます。誰もいないはずの海岸で、何者かに追いかけられる幻影を見たり、ホテルの隣のベッドのシーツが誰かが寝ていたかのように乱れていたり、夜中に部屋の中でカサカサと動く気配を感じたり。
ある夜、パーキンズが目を覚ますと、隣の空いたベッドのシーツがひとりでに立ち上がり、形を成していくのを目撃します。それは目も鼻もない布の塊のような姿をしながら、盲目のように手を伸ばし、パーキンズを追い詰めていきます。
絶体絶命の瞬間、隣室の友人が異変に気づいて踏み込み、パーキンズは間一髪で救われます。しかし、そこにはただの、ぐちゃぐちゃになったシーツが転がっているだけでした。




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