始めに
リラダン『未来のイヴ』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
リラダンの作家性
リラダンにとって、ポーは最大の文学的英雄の一人です。怪奇、神秘、そして緻密な論理性を融合させたポーの文体に心酔しました。友人でもあったボードレールによるポーの翻訳を通じて、その世界観を吸収しました。
リラダンはボードレールの熱烈な崇拝者であり、個人的な親交もありました。芸術至上主義的な態度、都会の憂鬱、そして目に見える世界の裏側にある象徴を読み解く姿勢を学びました。
またリラダンはワーグナーの楽劇に、芸術の究極の形を見出しました。主著『未来のイヴ』や戯曲『アクセル』に見られる芸術への情熱は、ワーグナーの総合芸術の理念に強く呼応しています。
リラダンの作品の根底には、ドイツ観念論哲学が流れています。ヘーゲルの精神が現実を規定するという考え方に影響を受け、物質主義的な科学万能主義を嫌悪しました。ショーペンハウアーの意志と表象としての世界、あるいは生への否定的な視点が、彼の作品の根底にある虚無や高貴な絶望に影響を与えています。
没落貴族としての誇りを持っていたリラダンにとって、シャトーブリアンのロマン主義的で格調高い文体や、キリスト教的な幻想は、自身のアイデンティティを形成する上での手本となりました。
人工の美
主人公のエワルド卿は、外見は完璧に美しいが中身が卑俗で浅薄な女性アリシアに絶望しています。これに対し、発明家エジソンが作った人造人間ハダリーは、機械でありながら、エワルドが抱く理想の女性像を完璧に演じ、体現します。
不完全な本物よりも、完璧な偽物のほうが価値があるという、リラダンの徹底した反物質主義、芸術至上主義が貫かれています。
リラダンは、当時の行き過ぎた科学万能主義を皮肉りつつも、その力を借りて理想を具現化しようとしました。科学が自然の欠点を補い、自然よりも優れた存在を作り出せるのか、という問いを立てています。作中のエジソンは神のような創造主として振る舞い、科学的な説明を尽くしてハダリーを構築しますが、それは同時に科学の傲慢さへの皮肉でもあります。
理想と現実。ミソジニー
それを通じて人は愛する時、相手そのものではなく、自分の心の中に作り上げた理想のイメージを愛しているのではないか、という問いが描かれます。エワルドが愛するのはアリシアの肉体ではなく、彼女の肉体に宿るはずだった魂です。ハダリーはその欠けている魂を、言葉や仕草によって完璧に模倣します。愛とは自己の投影であるという冷徹な真理が描かれています。
芸術作品は、現実よりも真実を語るという象徴主義の信念が描かれます。ハダリーは高度な音響装置や機械仕掛けで動く作品ですが、エワルドにとっては現実のアリシアよりも彼女のほうが真実となります。リラダンは、目に見える現実は偽りであり、目に見えない理念こそが真実であるという思想を、人造人間というガジェットを通して表現しました。
生身のアリシアはおしゃべりで俗物として否定的に描かれる一方、人造人間ハダリーは従順で、常に理想的な存在として描かれます。現実の女性を否定し、男性の精神的な満足のために都合よく作られた永遠のイヴを追い求めるという、当時の男性知識人の屈折した女性観を反映しています。
物語世界
あらすじ
若き貴族エワルド卿は、絶世の美女アリシアと出会い恋に落ちますが、絶望の淵にあります。彼女は外見こそヴィーナスのように完璧ですが、その中身は驚くほど卑俗で、浅はかな俗物でした。エワルドはその美しい肉体と醜い魂のギャップに耐えられず、自殺を考えるほど追い詰められていました。
エワルドに命を救われた過去を持つエジソンは、彼を救うためにある提案をします。それは、アリシアの外見を完璧に模倣し、かつ彼女の欠点を排除した人造人間を作ることでした。
エジソンは最新の科学技術を駆使し、アリシアの肉体を精巧にコピーしたアンドレイドのハダリーを完成させます。
ハダリーは、エワルドがアリシアに抱いていた理想の言葉を話し、理想の仕草を見せます。さらに、謎の霊媒女性ソワナの精神がハダリーに宿ることで、彼女は単なる機械を超えた、神秘的な魂を持つ存在へと変貌します。
最初は機械に魂など宿るはずがないと否定していたエワルドでしたが、ハダリーと対話するうちに、生身のアリシアよりも彼女のほうがはるかに真実の恋人であると確信し、彼女を愛することを決意します。
エワルドは、棺のような箱にハダリーを収め、船でイギリスへと連れ帰ろうとします。しかし、帰路の途中で船が火災に見舞われます。ハダリーは炎とともに海の底へと沈んでしまい、エワルドは現実のアリシアも理想のハダリーも失い、深い虚無の中に残されることになります。




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