始めに
ボールドウィン『ジョヴァンニの部屋』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ボールドウィンの作家性
ボールドウィンにとって最も重要なのがリチャード=ライトです。若きボールドウィンの才能を見抜き、奨学金の獲得を助けるなど、文学界への足がかりを作った恩人です。しかし、ボールドウィンは「皆の抗議小説」の中で、ライトの『ネイティヴ・サン』を黒人をステレオタイプな怪物として描いていると批判してもいます。
ボールドウィンの文体に最も大きな影響を与えたのが、白人作家のヘンリー=ジェイムズです。複雑で長い一文、登場人物の微細な心理の揺れを執拗に追いかける手法を継承します。
作家以前に少年説教者であった彼にとって、聖書は文学の原点です。文章が持つ独特のリズムに影響が見えます。
ハリエット=ビーチャー=ストウ『アンクル・トムの小屋』に対し、ライト同様に感情過多なプロパガンダであると厳しい批判を向けました。ディケンズは幼少期、貧困の中で感化されました。
マイノリティの苦悩
主人公デイヴィッドが抱く強烈な自己嫌悪と恥の意識が描かれます。彼はジョヴァンニを愛しながらも、自分が異常であることを恐れ、その感情を否定し続けます。自分の本性を認められないデイヴィッドの弱さが、結果として彼自身だけでなく、彼を愛したジョヴァンニや婚約者のヘラをも破滅させていきます。
タイトルにもなっているジョヴァンニの部屋は、物語の象徴的な中心です。その部屋は、世間の目から隠れて愛を育む聖域であると同時に、デイヴィッドにとっては自分を閉じ込める監獄でもあります。散らかり、光の入りにくいその部屋は、アイデンティティを確立できず、過去からも未来からも目を背けるデイヴィッドの精神状態そのものを表しています。
ボールドウィンは、アメリカ人が持つ自分たちは無垢であるという幻想を批判しています。デイヴィッドは典型的なアメリカ青年として描かれますが、彼の無垢さは、実は現実を見ようとしない無責任さの裏返しです。 伝統と退廃が混ざり合うパリという舞台で、デイヴィッドの潔癖でありたいという願いが、いかに他人を傷つける残酷な武器になるかが描かれます。
またデイヴィッドは「男らしくあること」に執着するあまり、ジョヴァンニとの間に芽生えた真実の絆を捨ててしまいます。
物語世界
あらすじ
1950年代、アメリカ人青年のデイヴィッドは、自分探しのために訪れたパリで、婚約者のヘラがスペインへ旅行に出ている間に、イタリア人の美青年ジョヴァンニと出会います。
バーで働くジョヴァンニに強く惹かれたデイヴィッドは、彼に誘われるまま、パリの場末にある狭く汚れたジョヴァンニの部屋で共に暮らし始めます。
二人はその部屋で濃密な愛の時間を過ごしますが、デイヴィッドの心は常に揺れ動いています。ジョヴァンニのほうは、過去の悲劇を抱えつつも、デイヴィッドを純粋に愛し、彼との生活にすべてを懸けようとします。デイヴィッドは彼を愛しながらも、同性愛に対する強い恥の意識と、アメリカ人らしい、普通の異性愛の幸せを捨てきれません。
デイヴィッドにとって、その部屋は愛の聖域であると同時に、自分の本性を突きつけられる耐えがたい場所になっていきます。
ついに婚約者のヘラがパリに戻ってきます。デイヴィッドはジョヴァンニを愛しているにもかかわらず、自分の男らしさや社会的体面を守るために、彼を冷酷に突き放します。
居場所を失い、絶望の底に突き落とされたジョヴァンニは、パリの闇へと沈んでいき、やがて生活のために働いていたバーのオーナーを殺害してしまいます。ジョヴァンニは逮捕され、ギロチンによる死刑を宣告されます。
一方のデイヴィッドは、ヘラと共に南仏へ逃げますが、ジョヴァンニへの罪悪感と自らの偽りきれない本性に押しつぶされ、結局ヘラにも去られてしまいます。
ジョヴァンニが処刑される朝、デイヴィッドは鏡の前で自分の無力な姿を見つめ、一生消えることのない罪の意識を背負って生きていくことを悟ります。




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