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ジュースキント『香水 ある人殺しの物語』解説あらすじ

ジュースキント
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始めに

ジュースキント『香水 ある人殺しの物語』解説ああらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ジュースキントの作家性

​ ジュースキントの作品、特に『香水』におけるグロテスクさと幻想性は、ホフマンの影響を強く感じさせます。またジュースキントは、トーマス=マンのような皮肉と古典的な端正な文体を継承しています。​社会から疎外された孤独な個人を描く点において、カフカの影響も見えます。


 ​ジュースキントは歴史学を修めており、18〜19世紀のクライストやスタンダールなどの作家たちの簡潔で力強い物語の推進力を学んでいます。


​ また『香水』の主人公グルヌイユの生涯は、社会の底辺から這い上がる悪党を描く伝統的なピカレスク小説の構造を持っています。18世紀フランスを舞台にしながら、理性が通用しない嗅覚という本能の世界を描くことで、当時の啓蒙思想を逆説的に批判しています。

匂いと個性

 主人公ジャンバティスト=グルヌイユは、何百万もの匂いを嗅ぎ分ける天才でありながら、自分自身は無臭です。


​ 当時の社会において、匂いはその人の魂や存在そのものと結びついていました。グルヌイユが無臭であることは、彼が人間として存在していないことを意味します。彼が究極の香水を作ろうとしたのは、偽りであっても自分の存在を世界に認めさせるための、歪んだ自己証明だったと言えます。


​ この作品は、完璧な芸術を作り上げようとする表現者の狂気のメタファーでもあります。グルヌイユにとって、少女たちの命は最高の香料という素材に過ぎません。これは、何かの道を究めようとする者が陥る、神をも恐れぬ傲慢さと、それゆえに誰とも分かち合えない絶対的な孤独を描いています。

啓蒙主義批判

 物語の舞台である18世紀は、理性が重んじられた啓蒙主義の時代です。当時の知識人たちが言葉や論理で世界を説明しようとする一方で、グルヌイユは匂い(本能)だけで大衆を熱狂させ、ひざまずかせます。ジュースキントは、人間の文明的な仮面の裏側に、いかに制御不能な原始的欲望が潜んでいるかを皮肉たっぷりに描いています。


​ ​物語のクライマックスで、グルヌイユは自ら作った香水によって神として崇められます。彼が得たのは本物の愛ではなく、香水によって強制された愛の模造品でした。自分が望んだはずの世界からの承認を手に入れた瞬間、彼はその虚しさに気づき、強烈な人間嫌悪に陥ります。

アナール学派的心性史

​ ​アナール学派(特にアラン=コルバン)が提唱した18世紀のパリは、現代人には耐えられないほどの悪臭に満ちていたという歴史的リアリズムを、冒頭の数ページでこれでもかと描写しています。


 ​王や英雄の活躍ではなく、肥溜め、ドブ、腐った魚、不潔な身体といった、当時の人々の生活の底に流れる臭いを歴史の主役にした点は、非常にアナール学的です。


​ 主人公のグルヌイユは、人間的な感情を持たず臭いだけで世界を認識しています。これは、アナール学派が重視した当時の人々が世界をどう知覚していたか」という内面的な心性史を、極端なキャラクターを通して表現しているとも捉えられます。


​ ​政治的な大事件ではなく、パリの貧民街の魚市場で生まれた孤児の視点から、当時の香水産業や職人のシステム、そして大衆の欲望を描き出しています。これは下からの歴史を重視するアナール学派のスタイルと完全に共鳴しています。


 ​アラン=コルバンの『においの歴史』は1982年に出版され、ジュースキントの『香水』は1985年に発表されています。

物語世界

​あらすじ

 1738年、パリの悪臭立ち込める魚市場で、ジャンバティスト=グルヌイユは生まれました。彼は、数キロ先の匂いさえ嗅ぎ分ける天才的な嗅覚を持っていましたが、彼自身には体臭が全くないという奇妙な性質がありました。人々は無意識に、この匂いのない男に不気味さを感じ、彼は孤独な幼少期を過ごします。


​ 青年になった彼は、香水調合師バルディーニに弟子入りし、香水の製法を学びます。しかし、蒸留法では少女の肌の香りのような繊細な匂いを抽出できないと悟り、香水の聖地とされる南仏のグラースへ向かいます。


 道中、彼は数年間洞窟で隠遁生活を送りますが、そこで自分に匂いがないために自分は存在していないも同然だという事実に絶望し、世界を支配する究極の香水を作ることを決意します。


​ グラースにたどり着いたグルヌイユは、冷徹な執念で最高の香料を集め始めます。​彼は、美しい少女たちの体臭こそが至高の香料だと確信します。​狙った少女を殺害し、その肌から冷浸法(アンフルラージュ)という技術で香りを奪い取っていきます。


 ​最後のトップノートにふさわしい絶世の美少女ローレを殺害し、ついに25人の少女の魂を封じ込めた香水を完成させます。


​ ​ついに捕らえられたグルヌイユには、公開処刑が待っていました。しかし、刑場で彼が究極の香水を一滴垂らすと、奇跡が起きます。​憎しみに燃えていた群衆は、香水の力で彼を天使だと錯覚し、法悦の中で乱痴気騒ぎ(オルギア)を始めます。​死刑執行人さえも彼にひざまずき、彼は悠々と刑場を去ります。


 ​しかし、偽りの愛に満たされた世界に絶望した彼は、生まれ故郷のパリに戻ります。そして、浮浪者たちが集まる墓地で、残りの香水をすべて自分の頭から浴びました。


 あまりの芳しさに理性を失った群衆は、彼を愛したい、手に入れたいという狂気に駆られ、彼を文字通りバラバラにして食べてしまったのでした。

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