始めに
クライスト『ミヒャエル・コールハース』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
クライストの作家性
クライストの人生を決定づけたのは、哲学者カントの思想との出会いです。これを「カント危機」と呼びます。カントの『純粋理性批判』などを読み、人間は物事の真理をありのままに認識することはできないという結論に達し、激しい絶望に陥りました。 彼の作品の多くで、登場人物が真実だと思っていたことが実は違ったという状況に混乱し、崩壊していくのはこの哲学的な不安が根底にあります。
若き日のクライストは、ルソーの「自然に帰れ」という思想に強く共鳴しました。文明社会の虚飾を嫌い、スイスの島で農耕生活をして自給自足の暮らしをしようと試みたりもしています。
ヴィーラントは当時のドイツ文学界の大御所であり、若きクライストの才能をいち早く見抜いた人物です。
クライストの劇作における劇的な構成や、人間のドロドロとした内面、残酷なまでの運命の変転は、シェイクスピアの影響が色濃いです。当時のドイツではシュトゥルム・ウント・ドラングの流れを汲んでシェイクスピアが神格化されており、クライストもその洗礼を受けています。
正義の暴走
冒頭でコールハースはその時代で最も正義感が強く、かつ最も恐ろしい人間の一人と評されます。奪われた2頭の馬という小さな不正を正そうとするあまり、彼は街を焼き、罪のない人々を巻き込む巨大な悪へと変貌します。 彼の徹底した妥協のなさは、個人の権利を守る高潔さと、社会秩序を破壊する狂信的な危うさの表裏一体を象徴しています。
コールハースが武力に訴えたのは、彼がもともと暴力的だったからではなく、法治国家が機能していなかったからです。 相手の貴族に有力な親戚がいたため、正当な訴えが握りつぶされます。国家が自分を守ってくれないなら、自分も社会のルールに従う義務はないという、社会契約説的な抵抗権のテーマが根底にあります。
コールハースは最終的に、望んでいた馬の回復と加害者の処罰を勝ち取ります。同時に、彼は自身の犯した放火や殺人の罪で死刑になります。権利は守られたが、人間は死ぬという結末は、法が万能ではないこと、そして正しいことを貫く代償の大きさを鋭く突きつけています。
物語の中盤で登場するルターは、コールハースにとって「良心の鏡」のような役割を果たします。ルターはコールハースを復讐者として非難しますが、コールハースは自分は見捨てられたのだと反論します。ここでは、地上の法と神の法の間で揺れ動く人間の苦悩が描かれています。
物語世界
あらすじ
16世紀半ば。馬喰(馬の売買商)のミヒャエル=コールハースは、商売のためにザクセンへ向かう途中、トロンカ城の関所で足止めを食らいます。
若き領主トロンカ男爵の家臣から、聞いたこともない通行証の提示を求められ、確認のために2頭の立派な黒馬を担保として預けることになります。
しかし、これは家臣の嘘でした。コールハースが戻ってみると、馬は農作業で酷使され、ガリガリに痩せこけた無残な姿になっていました。抗議した彼の従者も暴行を受け、追い出されてしまいます。
正義感の強いコールハースは、正当な補償を求めて裁判を起こします。しかし、トロンカ男爵の一族は宮廷に強いコネを持っており、彼の訴えはことごとく握りつぶされます。
さらに、彼の妻リスベートが事態を打開しようと、選帝侯に直訴を試みますが、警護兵に突き飛ばされたことが原因で命を落としてしまいます。
法が機能せず、愛する妻まで失ったことで、彼の怒りは公的な正義を自らの手で執行する方向へと振り切れます。
コールハースは家財を売り払い、武装集団を組織。トロンカ城を襲撃して焼き払います。逃げ出した男爵を追って、ヴィッテンベルクやライプツィヒといった都市を次々に襲い、「自分は神に代わって正義を行う者だ」と宣言して街を恐怖に陥れます。
この混乱を見かねて介入したのが、宗教改革者のマルティン=ルターでした。ルターの説得に応じ、コールハースは正当な裁判を条件に一度武器を置きます。
ザクセン選帝侯のもとで、ようやく公正な裁判が行われます。トロンカ男爵には、馬を元の健康な状態に戻して返却すること、および損害賠償が命じられます。しかし、コールハース自身も、私的な軍隊を率いて社会秩序を乱し、放火や殺人を犯した罪で死刑を宣告されます。
刑執行の日。コールハースは回復した2頭の馬と、処罰される男爵の姿を見て満足げに頷きます。そして、ザクセン選帝侯が喉から手が出るほど欲しがっていた一族の運命を記した予言の紙を、目の前で飲み込んで永遠に封印し、誇り高く断頭台へと向かいました。




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