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ロートレアモン伯爵『マルドロールの歌』解説あらすじ

ロートレアモン伯爵
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始めに

ロートレアモン伯爵『マルドロールの歌』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ロートレアモンの作家性

 ロートレアモンは、当時のロマン主義が持つ憂鬱や傲慢な反逆者というテーマを極限まで引き継いでいます。バイロン『マンフレッド』などに登場する、孤独で神に背くバイロン的ヒーロー像は、主人公マルドロールの原型と言えます。​ジョン=ミルトン『失楽園』における堕天使サタンの造形は神への挑発というテーマで共通しています。​ダンテ『神曲』地獄篇の悪夢のようなイメージを展開します。

 ​ポーの持つ論理的な恐怖や、死と腐敗への執着、ホフマンのドイツ幻想文学の不気味なユーモア、ボードレール『悪の華』に見られる「悪の中に美を見出す」姿勢からも感化されました。

モンタージュ、コラージュの先駆

 ロートレアモンがユニークなのは、文学だけでなく博物学の記述を詩に持ち込んだ点です。​ビュフォンやキュヴィエなど、当時の有名な博物学者の文章を、彼はあえて剽窃し、動物の生態描写を奇怪な比喩へと変貌させました。​「解剖台の上での、ミシンと雨傘の不意の出会い」という有名なフレーズは、こうした科学的・即物的な言葉の組み合わせから生まれています。


​ 晩年の『ポエジー』では、それまでの悪の肯定を180度転換させますが、これは皮肉混じりの模倣でもありました。​パスカルやラ・ロシュフコーの箴言をわざと書き換え、本来の意味を逆転させることで、既存の道徳を解体しようとしました。

 この作品を貫くのは異質なものの遭遇による美の追求です。​「解剖台の上での、ミシンと雨傘の不意の出会いのように美しい」という一節に象徴されるように、論理では説明できない不条理な組み合わせこそが、真の美であるという思想が根底にあります。


 こうした発想がシュルレアリスムに影響し、モンタージュやコラージュの手法を生みました。

悪徳の崇高さ

 主人公マルドロールは、人間性を捨て、あえて悪の道を選んだ存在です。彼は残酷な行為を繰り返しますが、それは単なる快楽殺人ではなく、既存の道徳や神が作った秩序に対する絶望的な抵抗です。彼は自分を理解しない世界に対し、悪徳という形で宣戦布告をしています。


​ ​この作品において、神は慈悲深い存在ではなく、酒に酔いしれ、人間を苦しめて楽しむ卑俗で残忍な暴君として描かれます。マルドロールは、そんな神に対して激しい罵声を浴びせ、物理的にも精神的にも戦いを挑みます。


​ ​マルドロールはしばしば動物に変身します。​巨大なタコ、サメ、シラミなど。人間であることの限界を突破しようとする試みであり、理性という枠組みを壊そうとするエネルギーの表れです。

物語世界

あらすじ

 主人公マルドロールが、いかに自分が人間を憎み、悪徳に惹かれているかを宣言するところから始まります。彼は「読者よ、ここから先は危険だ。引き返せ」と警告を発し、自ら人間性を捨て、怪物的な存在へと変貌していきます。


​ やがて脈絡のない悪夢のようなエピソードが次々と展開されます。神を酔っ払いの残忍な創造主として描き、彼を嘲笑し、戦いを挑みます。メスのサメと愛し合ったり、シラミを増殖させて人類を滅ぼそうとしたりと、生理的な不快感と崇高な美しさが混ざり合ったシーンが続きます。彼は豚やタコなど、さまざまな生物に姿を変えながら、この世界の理不尽さを呪い続けます。


 ​最終章である第6歌では、それまでの詩的な描写から一転し、少しだけ「物語」らしい体裁になります。マルドロールは、メルヴァンという清純な美青年を標的に定めます。彼はメルヴァンを誘拐し、袋に詰めて橋の上から振り回し、最終的にはパリのパンテオンのドームに投げつけて殺害します。

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