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ソール=ベロー『ハーツォグ』解説あらすじ

ソール=ベロー
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始めに

ソール=ベロー『ハーツォグ』解説あらすじを書いていきます。

背景知識、語りの構造

ベローの作家性

 ベローは、人間の精神的な苦悩や生きる意味を問うロシア文学から多大な影響を受けています。ドストエフスキーにおける登場人物の内的独白や、道徳的宗教的な葛藤の描き方は、ベローの初期作品に色濃く反映されています。トルストイの保守主義からも影響が見えます。


​ ベローは、当時のアメリカ文学を支配していたヘミングウェイ的な抑制された文体を窮屈に感じ、そこから脱却しようとしました。ホイットマンやトウェインの豊かな口語的語りに理想を認めました。


​ ​自身のルーツであるユダヤ系文化も欠かせません。​ショレム=アレイヘムのユーモアとペーソスに示唆を受けました。​旧約聖書からも影響が見えます。


​ 後期の作品『ハンボルトの贈り物』などでは、シュタイナーの人智学への関心が、目に見えない世界や霊的なものへの考察として現れています。ニーチェ的な近代社会における虚無主義(ニヒリズム)との戦いは、ベローが繰り返し扱ったテーマです。

悟りとヒューマニズム

 主人公モーゼス=ハーツォグは、学識豊かな教授ですが、私生活はボロボロです。妻には親友と不倫され、離婚。キャリアも停滞しています。どんなに高度な哲学や歴史的知識を持っていても、目の前の裏切りや孤独という生々しい苦痛を解決することはできない、という知性の無力さがあります。彼は実在の人物、歴史上の偉人、死者、さらには神にまで、心の中で、決して出さない手紙を書きまくります。散らかった現実を思考によって整理しようとする必死の試みです。

 ベローは、当時の現代思想に蔓延していた「人生は無意味である」「人間は汚れた存在だ」という冷笑的なニヒリズムを嫌いました。ハーツォグは、周囲の人間からナイーブすぎると笑われますが、それでも人間的な価値や愛を信じることを諦めません。絶望に飲み込まれるのではなく、思考の力で自らの魂を救い出そうとする精神のサバイバルが描かれています。
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 しだいにハーツォグは言葉による自己弁護や分析を詰め込むのをやめていきます。膨大な手紙を書き終えた最後、彼は田舎の家で一人、もはや誰にも伝えることはないという境地に達します。真の自己理解は、饒舌な理屈の中ではなく、ありのままの自分を受け入れる沈黙の中にこそある、というアイロニカルな結末です。

物語世界

あらすじ

​ 主人公モーゼス=ハーツォグは、シカゴ大学の元教授です。2番目の妻マデリンに捨てられ、しかも彼女はハーツォグの親友ヴァレンタイン=ガースバックと不倫していました。


 ​住んでいた家も、キャリアも、プライドも失った彼は、ニューヨークの安アパートで精神的に追い詰められ、誰彼構わず(死者や神にまで)決して出さない手紙を書きなぐるという奇妙な行動に没頭します。


​ ​彼は現状から逃れるために旅に出ますが、どこへ行っても頭の中は元妻と親友への怒り、そして深遠な哲学論争でいっぱいです。​マサチューセッツ州ルーディヴィルにある、自分がかつて大金をつぎ込んで修復した古い家に向かいますが、そこは荒れ果てています。


​ やがて復讐心が燃え上がり、マデリンとヴァレンタインを殺して自分も死ぬという物騒な決意を胸に、父親の古いピストルを持ち出してシカゴへ向かいます。


​ ​シカゴに着いた彼は、窓の外から元妻たちの様子をうかがいます。しかし、そこで目にしたのは、愛人のガースバックが自分の娘ジュニーを優しく風呂に入れている、皮肉にも家庭的で平穏な光景でした。


 ​殺す価値さえないと悟った彼は殺意を捨てますが、その直後、娘を車に乗せている最中に軽微な交通事故を起こしてしまいます。銃を所持していたことで警察に連行され、そこでマデリンと再会。彼女の冷酷な軽蔑の眼差しを浴びることで、ようやく彼は自分はもう彼女の人生の一部ではないという現実を突きつけられます。


​ ​ボロボロになりながら、彼は再びルーディヴィルの古い家に戻ります。そこには電気も通っていませんが、彼はそこで不思議な安らぎを見出します。


​かつての恋人ラムーナが訪ねてきたりもしますが、彼はもう誰に対しても、神に対してさえも手紙で説明する必要を感じなくなります。物語は、彼が今の自分には、何も言うべきことがないという、深い静寂と満足感の中で終わります。

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