始めに
ミュリエル・スパーク『ミス・ブロウディの青春』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
スパークの作家性
スパークの文体や世界観を語る上で、1954年のカトリックへの改宗は避けて通れません。ジョン=ヘンリー=ニューマン『アポロギア』などから影響がありました。『ヨブ記』における苦難の意味を問う内容は、彼女の作品の核心的なテーマとなっています。
グレアム=グリーンとイヴリン=ウォーという二人のカトリック作家は、スパークの初期のキャリアを支えた理解者です。特にグリーンの神学的サスペンスの要素は、彼女の初期作に共通する空気感を与えています。
また彼女はプルーストの熱心な研究者でもあり、初期に『プルーストのエッセンス』という研究書を書いています。時間の扱いや、記憶が物語を再構成する手法において、影響があります。
エディンバラ出身である彼女の根底には、スコットランド特有の暗さとユーモアが流れています。彼女はスコットランドの古い民謡に宿る、不気味で超自然的な要素、そして無駄を削ぎ落とした語り口を愛していました。
ジェームズ=ホッグは『義にかなった罪人の告白』で知られますが、影響しました。オースティンの社会の偽善を冷徹に見抜く観察眼と、計算し尽くされたプロット構成もスパークは継承します。
ファシズムの寓意
ミス=ブロウディは、選ばれた生徒たち「ブロウディ・セット」に対し、既存の教育カリキュラムを無視して自分の審美眼や思想を叩き込みます。
物語の背景には1930年代のファシズムの台頭があります。彼女がムッソリーニを崇拝している点は象徴的です。一人の指導者が未熟な若者を意のままに操り、自らの分身に仕立て上げようとする行為の恐ろしさが描かれています。
スコットランド(エディンバラ)を舞台にしているため、長老派教会の予定説が影を落としています。ミス=ブロウディは、自分が誰が救われ、誰が滅びるかを決定できる神のような存在であるかのように振る舞います。彼女は生徒の将来や恋愛、さらには死までもコントロールしようとしますが、それは宗教的な傲慢として描かれています。
現実と理想
この小説は、最初から誰かが彼女を裏切ったことが明かされた状態で進む、倒叙的なミステリーです。裏切り者(サンディ)は、なぜ恩師を告発したのか。それは単なる悪意ではなく、ミス=ブロウディの過剰な支配から自分たちを解放し、彼女を「現実」の世界に引きずり下ろすための、一種の残酷な通過儀礼でもありました。
彼女が繰り返す「私は今、全盛期にあります」という言葉は、物語の根幹です。彼女にとっての「全盛期」とは、美しい芸術や過去の恋に生きる幻想の世界です。しかし、現実は容赦なく彼女の老いと孤立を突きつけます。理想化された「全盛期」と、泥臭い現実の対比がこの物語の悲劇性と喜劇性を生んでいます。
物語世界
あらすじ
舞台は保守的な雰囲気の漂うエディンバラの女子校。そこへ、型破りで情熱的な教師、ジーン=ブロウディが登場します。彼女は自分を「全盛期(プライム)」にあると称し、選り抜きの6人の生徒たち「ブロウディ・セット」に、教科書にはない芸術、愛、そして自らの価値観を教え込みます。
ブロウディは、自分の生徒たちを私のものと呼び、彼女たちが「最高級の人間(クレーム・ド・ラ・クレーム)」になるよう英才教育を施します。彼女は授業中、教科書を隠して自分の恋話やムッソリーニの称賛、ルネサンス美術の話を語り聞かせます。少女たちは彼女のカリスマ性に心酔し、彼女の私生活、美術教師ロイドや音楽教師ラウダーとの三角関係にまで深く関与していくようになります。
ブロウディの教育は、次第に生徒たちの人生を私物化する実験のようになっていきます。彼女は、自分が愛しながらも結ばれなかった美術教師ロイドの愛人に、生徒の一人ローズを仕立て上げようと画策します。また、別の生徒ジョイス=エミリーをそそのかし、スペイン内戦へ参戦させるために送り出しますが、その少女は戦火の中で命を落としてしまいます。
保守的な校長マッケイは、以前からブロウディの奔放な教育方針を快く思っておらず、彼女を解雇する隙を伺っていました。しかし、決定打となったのは校長の手腕ではなく、最も聡明な教え子であったサンディの裏切りでした。
サンディは、ブロウディが少女たちの運命を神のように操ろうとする傲慢さに恐怖と反発を感じ、彼女が最も誇りにしていた政治的思想のファシズムを校長に密告します。これにより、ブロウディは不適切な思想教育を理由に学校を追われます。
ブロウディは癌を患い、誰が自分を裏切ったのかを疑い続けながら、孤独な最期を迎えます。サンディは後にカトリックに改宗して修道女となり、心理学の著作で有名になります。物語の最後、彼女は修道院の面会室で、自分の人生に最も強い影響を与えたのは「ジーン=ブロウディという女だった」と回想し、修道院の格子を強く握りしめます。




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