はじめに
本谷有希子『ぬるい毒』解説あらすじを書いていきます。
語りの構造、背景知識
等質物語世界の語り手、熊田に焦点化
この作品は等質物語世界の語り手・熊田に重たる焦点化が図られます。谷崎『痴人の愛』にも似た、あえて騙されることを選んでいるかのような、また空想しがちで信頼できない語り手が印象的です。
田舎暮らしに閉塞感を感じる中、怪しいサイコパスのようなカリスマの向井に引き付けられ、そのカルト的コミュニティにぬるい毒のように侵される熊田を描きます。
田舎の保守的風土に辟易しつつ、結局は向伊のカルト的コミュニティや洗脳的支配からも、語り手が離れるまでを描きます。
集合行為における一個のアクターの視点から描く心理劇
本作品とコンセプトとして重なるのは漱石『こころ』やロブグリエ『嫉妬』、谷崎潤一郎『卍』『痴人の愛』、芥川『藪の中』、フォークナー『響きと怒り』、リンチ監督『ブルー=ベルベット』と言えます。集合行為における一部のアクターを語りの主体にしたり、または一部のアクターにしか焦点化をしないために、読者も登場人物と同様、作中の事実に不確かな認識しか得られるところがなく、限定的なリソースの中で解釈をはかっていくことしかできません。
本作で描かれるのは向伊という謎が多い男とそれを取り巻くカルト的なコミュニティの内情です。さながらコンラッド『闇の奥』のクルツのような、カリスマ性のある男の狂気と彼に感化されているカルト的なコミュニティが主人公の観察から記述されていきます。
地元の封建的な土地に拘束されつつ非日常的なアヴァンチュールを渇望する熊田の心理は、複雑に拗れており、現実を正確に認識できているとも限りません。
南部ゴシック?
本谷の世界は南部ゴシックと重なります。
南部ゴシックとは南部の封建的な因習や文化の残る土地の中での実践を描く作品で、代表格はフォークナーで、それに先駆けてポーやホーソン、メルヴィルのゴシック文脈があります。国内では深沢七郎(『楢山節考』)や中上健次(三部作[1.2.3])が日本版南部ゴシック、ゴシックを展開しました。
本谷の作品はそのような地方を舞台にすることが多く、田舎の共同体の閉鎖的な逼塞感を背景にドラマが展開されていきますが、本作も同様です。
物語世界
あらすじ
実家暮らしの短大生の熊田由理の下に、向伊という名前の男性が電話をかけてきます。高校の文化祭の時に借りたものを返したいと言いますが、熊田には誰かわかりません。
借りっぱなしの5000円程度の現金を返すために家の近くまで来ていて、サイン入りの借用書まで持参しているそうです。
その男に対して、熊田はときめきを抱きます。出身高校は熊田とは別、借用書に記されていた字は別人で、そんな向伊に怒りつつも、惹かれます。
向伊からの2回目の連絡があったのは1年後の正月で、高校の友達と居酒屋にいるというのでした。国道沿いのチェーン店でした。
そこで向伊が連れてきたふたりの男性を紹介されます。小柄な奥出は熊田の容姿を誉めたり、「整形ですか」と嫌みをぶつけてきます。短大でメディア論を学んでいますが、卒業後にアートセラピストになる、彼氏がいると虚言を吐く熊田を大柄で眼鏡をかけた野村は馬鹿にします。
その一言で店を飛び出した熊田を、向伊は追いかけます。帰りの車中で向伊に彼女がいることを知り、熊田は、告白の返事を保留にしていた原という青年と付き合います。
3度目の再会も正月でした。短大を卒業したもののセラピストには成れなかったこと、運送会社で事務員となったこと、熊田家を継ぐことなどを伝えます。
向伊は向伊で大学での単位は怪しいものの、仲間と会社を起業する計画は順調なようです。向伊は熊田に恋人の原と別れることを要求し、それに従います。
熊田の母親に取り入った向伊は、土地と建物だけは立派な熊田の本家に目を付けて狙っていました。やがて熊田を連れて1年上京を認めてもらうことを、両親の目の前で約束させます。
東京行きの新幹線に乗り込んだ熊田は家から自由になれたものの、不安もあります。
品川駅で奥出と野村に出迎えられ、歓迎会の名目で連れて行かれた先は雑居ビルにある飲食店でした。大学生からグラビアアイドルなど向伊の信者ばかりです。向伊の同郷の友人と紹介されながらも、田舎から出て来た世間知らずと見下されていました。
向伊のために盛り上がる店内を抜け出した熊田は、1人で生きていくことを誓います。



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