始めに
バルザック『従妹ベット』解説あらすじを書いていきます。
背景知識、語りの構造
ロマン主義、リアリズム
バルザックはロマン主義を代表する作家で、モリエールやスコットのリアリズムやロマン主義からの影響が顕著です。
『ゴリオ爺さん』などが代表ですが、フランス革命以降の社会の自由主義、封建主義の崩壊、社会のブルジョワジー中心化などを背景に、ブルジョワ化した社会における自己実現をテーマとする内容の作品を多く手掛けました。
『ゴリオ爺さん』でも、ブルジョワ社会で名誉や成功を求めて奮闘する青年を描きましたが、本作に描かれる登場人物たちの欲望はもっとグロテスクに歪んでいます。そうした歪んだ欲求をリアリスティックに展開します。
復讐と色欲
本作では、タイトルになっているベットは復讐、ユロ男爵とヴァレリーは色欲を象徴します。
ベットは従姉アドリーヌ(ユロ夫人)とその娘オルタンスを妬み、復讐せんと策略を巡らせてヴァレリーに接触します。
ユロ男爵は、悪人ではないですが異性にだらしがなく、それ故に周りを破滅させていきます。名前は女好きだったヴィクトル=ユゴーに由来していて、彼がモデルです。
ヴァレリーは悪女で、他人を思うままに操ることを楽しみ、ベットと協力します。
バルザックが好んだスコットの私淑したシェイクスピアさながらのダイナミックな登場人物の戦略的コミュニケーションが展開されていきます。こうした心理劇としてのデザインセンスはバルザック狂のドストエフスキー(『罪と罰』)、H=ジェイムズ(『ねじの回転』『鳩の翼』)に継承されていきます。
モリエールの風習喜劇、艶笑喜劇
本作はモリエール『ドン=ジュアン』にも似て、色欲によって周りを不幸に至らしめ、また自らも破滅するというキャラクターとしてユロ男爵とヴァレリーを設定しています。
モリエールの艶笑コメディさながらに、性愛を巧く心理劇と絡めて展開しています。
妹と不幸な結婚
バルザックはシスコンで、妹たちが不幸な結婚をしたことから結婚を否定的に捉え、また結婚した妻が不幸になるというプロットはしばしば展開するようになりました。
本作もユロ男爵の妻のアドリーヌは貞淑さを守りつつも、最後まで報われずに悲惨な破滅をします。
物語世界
あらすじ
成功したエクトール=ユロ男爵の妻アデリーヌ=ユロは、裕福な香水製造者のセレスチン=クレヴェルから不倫を迫られています。しかしユロ夫人はクレヴェルの誘いを断ります。男爵はクレヴェルの寵愛を受けていた歌手ジョゼファ=ミラーに惜しみなく金を使ったため、叔父のヨハンから多額の借金をしています。その金を返済できず、男爵は代わりにヨハンにアルジェリアの陸軍省の職を与え、その職務でヨハンに借りた金を横領させます。ユロ夫妻の娘オルタンスは夫探しを始め、息子のヴィクトリンはクレヴェルの娘セレスチンと結婚しました。
ユロ夫人の従妹のベット(リスベット)は、親戚の成功をねたみ、やがてオルタンスがベットの婚約者ヴァーツラフ=シュタインボックを奪ったことでさらに憎悪を深めます。美しくない農民の女性であるベットは、ユロ家とのつながりを理由に中流階級の求婚者からプロポーズを受けたものの、42歳になっても独身です。ある日、ベットは、自殺を図ろうとしている、ヴァーツラフ=シュタインボックという名の貧しいポーランド人彫刻家に遭遇します。ベットは彼を養って健康を取り戻させながら、彼に愛着を抱きます。
ベットは、陸軍省事務官ジャンポールスタニスラス=マルネフの若い妻ヴァレリー(旧姓フォルタン)と親しくなり、二人はつながりを深めます。ヴァレリーは金銭と貴重品の獲得を、ベットはヴァレリーが男爵を不倫と破産に誘い込み、ユロ家の破滅を狙います。
ユロ男爵は、ジョゼファに拒絶されます。ユロは絶望するものの、ベットの下宿先を訪ね、そこでヴァレリー=マルネフと出会い恋に落ちます。ユロは彼女に贈り物を贈り、すぐに彼女と陸軍省で働くマルネフ氏のために豪華な家を建てます。これらの負債は、ユロ家の財政を脅かします。パニックに陥ったユロは、叔父のヨハン=フィッシャーを説得して、アルジェにある陸軍省の駐屯地からこっそりと資金を横領させます。ベットの復讐は順調に見えましたが、しかしオルタンスがシュタインボックと結ばれてしまったのでした。
ユロ男爵はヴァレリーに完全に夢中になり、経済的に余裕がなくなり、陸軍省の彼女の夫を繰り返し昇進させることで妥協します。間もなく、ベットはクレヴェルとシュタインボックもヴァレリーの魅力にとらわれるように企みます。オルタンスはシュタインボックの不貞を発見し、母親の家に戻ります。
間もなく、男爵の不品行は陸軍省に知れ渡り、叔父のヨハンはアルジェリアで逮捕され自殺し、男爵は引退を余儀なくされ、有名な戦争の英雄である彼の兄弟ユロ元帥が彼を刑務所から救い出すものの、ユロ元帥は家族の不名誉を恥じて死にます。男爵は家族を捨てて失踪します。未亡人となったヴァレリーはクレヴェルと結婚します。クルヴェルとヴァレリーはしかし伝染病により死にます。アドリーヌは失踪した夫を発見し、家へ連れ戻したので、ユロ家に平穏が戻り、リスベットは復讐が叶わず失意の内に病死します。
ユロ男爵は改心せず新たに雇った炊事女を口説き、それをアドリーヌが目撃し、ショックの余り死にます。ユロはアドリーヌの死去後すぐに再婚します。
参考文献
・アンリ=トロワイヤ著、尾河直哉訳『バルザック伝』
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