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太宰治『斜陽』解説あらすじ

太宰治
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始めに

 太宰治『斜陽』解説あらすじを書いていきます。

語りの構造、背景知識

芥川龍之介の影響。等質物語世界の語り手

 太宰治は私淑した芥川龍之介の影響が顕著で、芥川『藪の中』『地獄変』のような等質物語世界の口語的語りを得意としています。

 また女性を主人公とする語りも太宰の得意とするところで、その辺りは芥川「」などを連想します。本作も貴族の没落を語り手のかず子の視点から描きます。

チェホフ『桜の園』の影響

 本作ではチェホフ『桜の園』の影響が顕著です。

 チェホフ『桜の園』では、時代の変化に順応できない地主貴族の家族の没落と、俗物的な強かさでブルジョワジーとして自己実現する商人・ロパーヒンが対比的に描かれています。また貴族の家族の内でも、現実を直視せず、過去の栄光に縋り続ける女家長のリューボフ=ラネーフスカヤ(リューバ)と、現実を受け入れ、新たな人生へと飛び立つ娘・アーニャも対照的に描かれています。

 本作は、ブルジョワジー社会の到来による貴族の没落のプロットを、戦後日本の社会的な混乱と貴族の没落に移しています。一方で印象に残るのは「最後の貴族」たるかず子の母の性格です。『桜の園』では、女家長のリューバは過去の栄光を忘れられない旧弊な存在として描かれていましたが、本作における母親は思慮深く聡明な存在として設定されています。本作において、貴族へのこだわりから破滅していくのは息子の直治の役割となっています。

 そしてその姉であるかず子は、アーニャ同様、時代の変化の中で懸命に立ち上がり、果敢に運命にあらがってきます。

ドストエフスキーとチェーホフの影響。男女観

 太宰治はロシア文学、特にドストエフスキー(『貧しき人々』『分身』)やチェホフからの影響が顕著です。

 ドストエフスキーは、バルザック狂だったのでしたが、バルザックは妹を溺愛し、妹たちが不幸な結婚をしたことから、作品において不幸な妻(『従妹ベット』など)を描きました。ドストエフスキーもそこから影響され、不幸な妻の自殺を描く「やさしい女」はブレッソンの映画化も有名です。

 一方で、ドストエフスキーやチェーホフは、単に不幸で儚い女性だけではなく、ドストエフスキー『罪と罰』におけるソーニャや、チェホフ『桜の園』のアーニャなど、現実的で高潔でタフな女性を描いてきました。太宰の作品にもこうした作品からの影響を顕著に伺わせます。本作のかず子もまた、不幸で儚い存在でありつつ、生への意志を讃える高潔な魂を持っています。

 人間失格』に描かれる葉蔵に似た本作の脆い直治と、母の死後、不貞の罪を背負いつつも生きようと覚悟するかず子の姿が対象的に描かれます。直治は自分が貴族階級であることから負い目を感じ、孤独と絶望に苛まれています。またチェホフ『かもめ』のコスチャを思わせる、自意識をこじらせた果ての最期が印象的です。

物語世界

あらすじ

 昭和20年。華族制度廃止により没落貴族となり、当主であった父を失ったかず子とその母は、生活が厳しくなり、東京の西片町の屋敷を売却し伊豆の山荘で暮らすことになります。

 南国の戦地に赴いたまま行方不明になっていた弟の直治が帰ってくるものの、家の金を持ち出し、京橋の小説家である上原二郎のもとで荒んだ生活をします。しかし「札のついていない不良が怖い」という母の言葉に触発された、上原に宛てた手紙(『夕顔日誌』)にて、「世間で尊敬されている人たちは、みな偽物で、札つきの不良だけが、私の味方」それを非難する世間に、「お前たちこそ、札のついていない危険な不良」と反駁します。

 やがて「最後の貴族」たる母が結核により、ピエタのマリアに似た顔つきで亡くなり、無頼な生活や画家の本妻への愛に悩む直治も自殺します。遺書に、直治は貴族階級出身に由縁する苦悩を告白。直治の死と前後して、かず子は上原の子を妊娠したこと、上原が自分から離れようとしていると気がつきます。

 かず子は「シングルマザー」として、ローザ=ルクセンブルクやイエス=キリストのさながらの革命精神をもって、戦後社会に腹の子と強く生きていく決意を上原宛の書簡にしたため、上原を「マイ コメデアン」とニックネームを付けます。

参考文献

・野原一夫『太宰治 生涯と作品』

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