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志賀直哉「小僧の神様」解説あらすじ

志賀直哉
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始めに

志賀直哉「小僧の神様」解説あらすじを書いていきます。

 

背景知識

白樺派の理想主義とヒューマニズム

 志賀直哉は白樺派の中心となった作家です。白樺派は、学習院の同人誌である白樺のグループの作家の名称で、傾向としては理想主義や人道主義を掲げて、そこから生田長江など自然主義の作家や評論家との論争がありました。

 白樺派は有島武郎(『或る女』)、里見とん(『多情仏心』)の兄弟や武者小路実篤(『友情』)、長与善郎などの小説家の他にも詩人、歌人、画家もいて、作風の傾向もまちまちでした。とはいえこのグループではトルストイ(『戦争と平和』『アンナ=カレーニナ』)、ニーチェなどは広く共有され、トルストイ(『戦争と平和』『アンナ=カレーニナ』)のヒューマニズムからは志賀も影響が顕著です。

漱石のプラグマティズム。内村鑑三のヒューマニズム。

 また志賀直哉は夏目漱石や内村鑑三から顕著な影響を受けました。

 漱石は戯作文学、英文学から影響され、そのユーモアや心理劇の要素を継承しました。漱石は英国のリアリズム作家(オースティン[『傲慢と偏見』]、ジョージ=エリオット、H=ジェイムズ[『ねじの回転』『鳩の翼』])を参照に心理リアリズムを展開したり、ピカレスクの系譜、スターン(『トリストラム・シャンディ』)、戯作文学を参照したユーモアとペーソスも初期に特に顕著でした。

 本作は、漱石やその弟子の芥川龍之介作品(「南京の基督」)を思わせる、役割期待とすれ違いをめぐる物語です。

 また内村鑑三の理想主義や生の哲学からの影響も伺えます。

芥川龍之介「南京の基督」との類似。プロットとシニズム

 本作は漱石の弟子で、志賀と親交のあった芥川龍之介「南京の基督」を思わせる話です。発表は、こちらが先です。

 「南京の基督」は、南京に住む敬虔なキリスト教徒で、気立てのやさしい15歳の私娼・宋金花が主人公で、梅毒になります。同じ娼婦仲間から「客にうつせば治る」という迷信を教えられたものの、キリストの教えに背くので、客を頑なに拒んでいました。ある晩、キリストに似た外国人が来て、その男とキリストが重なり、関係します。その晩、金花の夢にキリストが現れて病を癒します。金花は、本当にキリストだったのだと思います。翌年の春、その話を金花から聞いた知り合いの日本人旅行者は、そのキリストに似た男が日米ハーフのGeorge Murryではないかと思います。日本人旅行者はそのことを金花に伝えようか迷うものの、金花に病状を訊ねると、金花は顔を輝かせて、一度も煩いがないことを言います。

 このように、すれ違いによって、主人公は出会った存在を神様だと思い込んでしまう「南京の基督」ですが、本作も同様の構造になっています。

 また、芥川龍之介や彼が私淑したオスカー=ワイルド(『サロメ』『ウィンダミア卿夫人の扇』)のようなシニカルな批評眼があって、おごってあげたAという男のほうはなぜか罪悪感のような、偽善をなしたような感情に襲われるのが描かれています。

 また作者の分身の語りては、小僧が「あの客」の本体を確めたい要求から、番頭に番地と名前をきいて尋ねたところ、その番地には人の住いがなくて、小さい稲荷の祠があった筋をかこうとして、それが小僧にとって残酷だからやめた旨を書いています。どういう意味で残酷なのかは明かされませんが、あまりに小僧に都合のいい嘘でだまし続けるのが、どこかAの行いにも似て偽善や不誠実なのかもしれません。

漱石とシェイクスピア

 師匠の漱石は英文学からの影響が顕著ですが、本作も英文学シェイクスピアの歴史劇、喜劇からの影響がうかがえます。私淑したトルストイ(『戦争と平和』『アンナ=カレーニナ』)も(ゲーテ、ディケンズを経た間接的影響ですが)シェイクスピアの影響が顕著でした。志賀には、シェイクスピアを下敷きとするものに、他に『クローディアスの日記』があります。

 シェイクスピアなどイギリスルネサンス演劇では、すれちがいと誤解が織りなす悲喜劇は典型的なプロットですが、本作も、奉公をする小僧の仙吉が、貴族院の男Aに鮨をおごってもらいます。そして相手を神様と考えるようになるのでした。

物語世界

あらすじ

 神田の秤屋で奉公をしている仙吉(小僧)は、番頭達の話で聞いた鮨屋に行きたく思います。ある時、使いの帰りに鮨屋に入るものの、金がない仙吉を見かけた貴族院の男(A)は、後に秤屋で仙吉を見つけ、鮨を奢ります。

 仙吉は番頭たちが噂していた鮨屋のことなどをAが知っていたことから、Aは神様ではないかと思います。仙吉はつらいときはAのことを思い出しいつかまたAが自分の前に現れることを信じていた。一方Aは、悪いことをしたような、変に淋しい気持ちがしました。

参考文献

・阿川弘之『志賀直哉』

 

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